コラム

二つのナショナリズムがぶつかるスコットランド──分離独立問題の再燃

2019年12月23日(月)17時49分

現在のスコットランドをみると、少なくとも独立派が勝機を見出しても不思議ではない政治状況にある。

まず、EU離脱を推進するジョンソン首相が解散に踏み切り、保守党が大勝した12月15日の総選挙で、スコットランドの59議席のうち48議席をスコットランド国民党が占めた。

次に、スコットランド国民党は、スコットランド人としてのナショナリズムを強調し、分離独立を主導してきた政党だ。自治政府のスタージョン第一首相は、その党首でもある。スコットランド国民党の躍進は、「ロンドンがスコットランドの反対を無視してEU離脱を強行しようとしている」という反感から、分離独立の気運が高まるさまを示す。

つまり、ジョンソン首相がイギリス・ナショナリズムに傾き、EU離脱に道筋をつけたことは結果的に、スコットランド・ナショナリズムも喚起した。スコットランド問題は、いわば二つのナショナリズムの衝突ともいえる

左右からの挟み撃ち

これに加えて、スコットランド国民党には有力な援軍も期待できる。スコットランドにもともと多い労働党支持者だ。

スコットランドは元来、所得水準でイングランドより低い。そのため、「小さな政府」志向の強い保守党ではなく、「弱者の権利」を重視する労働党が伝統的に強く、スコットランド国民党が台頭する以前、スコットランドは労働党の牙城だった。


ただし、2014年のスコットランド住民投票で、独立を支持した労働党支持者は37%にとどまった。そこには社会保障などのサービス低下への懸念があったとみられる。

ところが、今回は2014年と事情が異なる。EU離脱を推進するジョンソン首相や保守党と対照的に、労働党は一貫してこれに反対してきた。

スコットランド国民党と労働党はそれぞれ、いわゆる右派と左派に位置づけられる。そのため、党としての関係は必ずしもよくない。しかし、労働党の支持者にとって、EU残留を可能にする手段として、スコットランド独立の魅力は大きくなっている。

つまり、党本部はともかく、スコットランドの労働党支持者には、分離独立支持への転向が見込まれるのだ。この構図は、保守党が過半数を占めるロンドンの議会を、スコットランドがいわば左右から挟み撃ちするものといえる

今後の焦点「第30条」は適用されるか

それでは、ジョンソン首相は、これにどのように対応するのか。

今後の焦点は、スタージョン第一首相が求める「第30条」の適用にある。

第30条とは、スコットランドの自治を定めたスコットランド法の第30条を指す。ここでは、本来ロンドンの政府・議会がもつ権限を、必要に応じてスコットランド議会に委ねることが定められている。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、米軍制服組トップ解任 指導部の大規模刷

ワールド

アングル:性的少数者がおびえるドイツ議会選、極右台

ワールド

アングル:高評価なのに「仕事できない」と解雇、米D

ビジネス

米国株式市場=3指数大幅下落、さえない経済指標で売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 3
    メーガン妃が「アイデンティティ危機」に直面...「必死すぎる」「迷走中」
  • 4
    1888年の未解決事件、ついに終焉か? 「切り裂きジャ…
  • 5
    深夜の防犯カメラ写真に「幽霊の姿が!」と話題に...…
  • 6
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 7
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 8
    私に「家」をくれたのは、この茶トラ猫でした
  • 9
    トランプが「マスクに主役を奪われて怒っている」...…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 5
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 6
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 5
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 6
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 7
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story