なぜトランプは平気で「ウソ」をつけるか──ヒトラーとの対比から
こうしてみたとき、「教科書に出てくるような自己愛性人格障害の持ち主」というトランプ氏の評価は、専門家以外の多くの人にもうなずけるものだろう。
気の毒なのは誰か
もっとも、こうした自己愛の強い政治家はトランプ氏に限らない。
自己愛研究に先鞭をつけた精神分析学者ハインツ・コフートは、第二次世界大戦中のイギリス首相チャーチルの誇大的、幼児的な性格を指摘した一方で、チャーチルと敵対したヒトラーも自己愛性人格障害の典型としてあげている。
ヒトラーに関しては、コフート以外の精神分析学者も同様の見解を示している。このうちノアバート・ブロンバーグはヒトラーの症状として、以下の各点をあげている。
不安と緊張
衝動と激怒のコントロールが難しいこと
万能感と誇大妄想的な自己イメージ
賞賛への渇望と自己顕示欲の強さ
神経症的傾向と心気症
周囲への過剰な要求と支配欲の強さ
対人関係の貧しさと性的倒錯(サディズムなど)
強い劣等感
喜びとユーモアの欠如
良心の欠如(道徳的な禁止といった「超自我」の未熟さ。これが他者への責任転嫁に結びつく)
これらをトランプ氏に照らし合わせると、異なるものもある。例えば、ヒトラーがとっつきにくく内向的だったのに対して、トランプ大統領は(少なくとも表面的には)社交的で陽気だ。また、トランプ氏に心気症や性的倒錯があるかは不明である。
とはいえ、多くの項目はトランプ氏にも当てはまるように映る。とりわけ、感情の起伏が激しいことや万能感、誇大妄想、自己顕示欲、周囲への過剰な要求、「良心の欠如」などは、多くの専門家が指摘している通りだ。
ただし、問題はその人格にヒトラーとの共通点が多いことそのものより、こうした不安要素を抱えたトランプ氏がアメリカ大統領の座にあることだ。
ガンダウア准教授は「トランプ大統領を憎む者も愛する者もあるが、彼を気の毒に思うこともできる」と精神科医らしいコメントをしている。しかし、本当に気の毒なのは、そうしたトランプ氏に振り回される我々なのかもしれない。
筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売
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