コラム

なぜ右傾化する高齢者が目につくか──「特別扱いは悪」の思想

2019年03月05日(火)18時12分

もう一つは、現代のネトウヨを取材してきたジャーナリスト、安田浩一氏の、右傾化する高齢者に関する「かつては『見下ろす差別』が主流だったが、現在は『見上げる差別』が主流になっている」という考察だ。

つまり、右傾化する高齢者(だけではないが)に目立つのは、「在日コリアンなどが特別な扱いを受けるのは不公平だ」という認識とみてよい。

ぶれない一線とは

この二つの考察は、別々のことを言っているようでいて、ある点で近い。それは「特権階級に自分たちが虐げられている」という意識の強さだ。

この視点からすると、1968年当時に批判の対象となった政治家、巨大企業、メディアなどはもちろん特権階級だが、「特別な扱いを認められている」がゆえに少数者もまたそこに収まる。この考え方には「特別扱いは悪」という思想が鮮明だ。

右傾化する高齢者を含むこの世代は、少なくとも法的には自由な発言が認められる時代に生まれ育った一方で、多くの人がそこそこ豊かになれた「一億総中流」と呼ばれる時代を生きてきた。このような横並びが当たり前の時代感覚にさらされてきたことが、わずかな不平等にも不満を感じやすい土壌になっている(こうした思想の持ち主は、「もともとビハインドのある人のスタートラインを前にしなければフェアでない」という発想が限りなく薄く、どうかすると「ビハインドのある方が悪い」という思考になりやすいが、恐らく公共交通機関や病院の支払いで高齢者が優遇されることには何も思わないのかもしれない)。

これに加えて、社会全体で差別に厳しくなったことが、かつてエリート支配を拒絶した人々に「反権威」のスイッチを入れやすくしたとみられる。「少数者には特別な配慮をするべき」、「差別的な言動をしてはいけない」という考え方があらゆる人を拘束するようになったことは、反差別が一種の権威になったことを意味するからだ。これはフェミニストを「全体主義者」と呼ぶ欧米の極右の思考パターンと共通する。

こうして、かつての進歩的な若者が、あえて差別的な言動をする右傾化した高齢者に転身できたとするなら、そこには「あらゆる権威は辱められ、また、さらには嘲弄された」1968年との、ある種の一貫性を見出せるのである。

長い学生生活

権威に一方的に従うのを拒絶すること自体は、近代的な「精神的自立」と評してよい。ただし、それは一歩間違えれば、自分自身の判断や考えを絶対視する独善につながる。

こうして右傾化した高齢者の多くは、(他の世代より)時間的、金銭的な制約が少ないため、気に入らないネット記事を非難罵倒するコメントを長々と書き込んだり、勝手に義侠心に燃えて特定の弁護士の懲戒を求める書類を作成したり、場合によっては平日の昼間からヘイトデモに参加したりすることのハードルが低い。

それはちょうど、余裕のある大学生だからこそ大学紛争に邁進できたのと同じだ。右傾化する高齢者は、50年の時を経て、長い学生生活を謳歌しているのかもしれない。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

※筆者の記事はこちら

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。他に論文多数。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story