コラム

ルーマニアはエルサレムに大使館を移すか──「米国に認められたい」小国の悲哀と図太さ

2018年04月24日(火)18時30分

さらに、米国はEU圏であっても東ヨーロッパ諸国からの入国にはビザを求めていますが、とりわけルーマニア人のビザ申請が却下される割合は約11.43パーセント。これもブルガリア(16.86パーセント)よりましなものの、ポーランド(5.37)などと比べて高い水準です。

その一方で、2016年5月に米国は、ルーマニアで8億ドルを投じたミサイル基地を開設しました。

もともと東ヨーロッパでの米軍施設は、ロシアとの関係から、デリケートな問題です。2008年に米国ブッシュ政権は、イランを念頭に置いたミサイル防衛網を構築するため、ポーランドやチェコとの間で、ミサイル基地、レーダー基地の建設に合意。しかし、これがロシアを刺激するため、受け入れ国内部で反対運動を呼んだこともあり、2014年にオバマ政権が中止した経緯があります。

原発と同じく、自分の周囲にあってほしくない「迷惑施設」とみなされやすい米軍施設をあえて引き受けたことからは、それだけ米国との関係を強めたいルーマニア政府の意思をうかがえます

もちろん、ルーマニアにもロシアとの関係悪化への懸念はありますが、ポーランド、チェコ、ハンガリー、ブルガリアなどと比べて石油生産量が多く、ロシアからの天然ガス輸入への依存度が低いことは、「火中の栗を拾う」決断の一因となりました。

同時にここからは、「米国に認められたい」ルーマニアの足元をみる米国の姿勢も浮き彫りになるといえます。

小国の生き方

この背景のもと、ルーマニアの与党は、エルサレムへの大使館移設の方針を発表したのです。先述のように、これに関してヨハニス大統領はまだ決定を正式に発表しておらず、状況は未だ流動的です。

もし与党の発表を大統領が否定したなら、それはいわば良識ある判断といえます。

その一方で、もし与党の発表が追認されれば、ルーマニアはいわば捨て身の外交戦術に出たといえます。ロシアやEUと距離を置くため米国への接近を図るなら、米国が困っている時こそ自分を高く売れることは確かです。その意味で、エルサレム首都問題で米国が国際的に孤立する状況は、まさに「絶好の売り時」ともいえます

もちろん、そこには払うべきコストがあります。ルーマニアにとってエルサレムをイスラエルの首都と認定することは、

・エルサレムの地位変更を認めない国連決議に反すること、

・EUの方針に反すること、

・この問題で米国とともに批判されること、

・特にイスラーム諸国から不興を買うこと、

などを覚悟しなければなりません。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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