コラム

年末・年始に過熱するISテロ 「トランプ氏のエルサレム首都認定はISへのプレゼント」

2017年12月31日(日)18時30分

2017年6月16日にエルサレム旧市街地で発生した警官殺害事件で、ISは犯行声明を出しました。これはISによる初めてのイスラエル攻撃の声明でしたが、同様に犯行声明を出していたハマスはこれを「事態を混乱させるもの」と強く批判。イスラエル当局もISの関与を示す証拠がないと結論付けています。つまり、ISは「エルサレムでのテロ」という宣伝材料をハマスから横取りしようとしたといえます。

その直後の6月26日早朝、パレスチナのガザ地区からイスラエルにロケット攻撃が行われ、ISに忠誠を誓うAhfad al-Sahabaが犯行声明を出しました。しかし、これに対して、イスラエル軍はガザ地区からの攻撃の責任をハマスに帰し、翌27日には報復の空爆を実施。この一件で、ハマスは間接的にISによって損害を受けたことになります。

これらの経緯から、ISにとってハマスは全く相いれないものなのです。そのハマスが「エルサレム問題の当事者」としてイスラーム世界の内外で脚光を浴びるなか、ISがこれにほとんど触れないことは、いわば当然といえます。

大義なきテロに吸い込まれる者

ただし、イスラーム世界でこれ以上ない宣伝効果を狙える「エルサレム問題」で公式の発言を控えざるを得ない一方、ISの懐事情がジリ貧であることは変わりません。そのなかでスポンサーの関心を呼び、資金や人材を集めようとすれば、これまで以上に「派手に」テロ活動を行うしかISの手段はなくなってきます。

こうしてみたとき、トランプ氏のエルサレム首都認定はトルコやハマスにとってプレゼントになったとはいえるものの、ISは直接の「恩恵」に乏しいといえます。言い換えると、「エルサレム問題」を直接利用できないISは、この問題によって高まるイスラーム世界の反米感情に便乗する形でテロを頻発させているのです。その意味で、もはや大義すらない宣伝活動が過熱しているとさえいえます。

そのテロ活動そのものに加えて、さらに問題なのは、「大義すらない宣伝活動」に吸い込まれる者が絶えないことです。

中国の新疆ウイグル自治区からは、共産党支配に起因する抑圧や格差に直面する若者の数多くが、ISに勧誘され、民族的に近いトルコを経由してシリアに渡ったとみられます。現地の社会活動家はAP通信のインタビューのなかで「我々は若者の過激化を防ぐ戦いに敗れつつある。我々が彼らに、世界には希望や人権があると確信させられないからだ」と応えています。これは一例に過ぎません。

先述のように、2017年はイラクとシリアにおけるIS掃討作戦に一定の目途が立った年でした。しかし、各地に抑圧と格差が広がるなか、たとえ大義すら怪しくなっているとはいえ、ISの活動が収まることはありません。これらの社会問題への取り組みが進まなければ、ISの脅威は2018年以降も長く続くとみられるのです。

※当記事はYahoo!ニュース 個人からの転載です。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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