コラム

「構造的な円安」で日本経済は甦る

2024年07月09日(火)14時30分
現在起きている大幅な円安は持続しない...... REUTERS/Issei Kato

現在起きている大幅な円安は持続しない...... REUTERS/Issei Kato

<米金利がやや低下する一方で、為替市場ではドル高円安がじりじりと進んだ。米国金利とは相いれないドル高円安が最近なぜ起きているのか、様々な見方がある......>

為替市場では1ドル160円台の大幅な円安が続いている。米国では、5月後半に米長期金利(10年物国債)が4.6%まで上昇した後、6月以降は4.3%付近にやや低下した。インフレが落ち着き、更に米経済の緩やかな減速を示す経済指標が増える中で、FRBの利下げ開始が9月会合にも実現するとの期待が強まり米金利が低下した。


米金利がやや低下する一方で、為替市場ではドル高円安がじりじりと進み、一時は38年ぶりとなる161円台まで円安が進んだ。ドル円は米国金利に連動して動くケースが多いのだが、6月からの円安の値動きはやや様相が異なっている。米国金利とは相いれないドル高円安が最近なぜ起きているのか、様々な見方がある。

現在起きている大幅な円安は持続しない

24年1-3月期の日本のGDP成長率が大幅なマイナス成長と日本経済の停滞が長引いており、次の利上げをうかがう日銀の引締めが遅れるとの思惑が、円安進行の一因だろう。筆者は、日本の債券市場参加者の多くが期待している、日銀の7月会合での利上げの可能性は低い、と従来から考えていた。

ただ、賃上げが本格化するこの夏場から名目賃金が2%を大きく超えて上昇すると予想され、これを確認して日本銀行は10月会合には追加利上げを行うと予想している。日銀の政策の思惑に起因する円安が、秋口にかけて更に続く可能性は低いとみられる。

また、「日銀が追加利上げを行っても、円安基調は変わらない」との見方も増えている。23年4月に始動した植田日銀は引締め政策を淡々と進めているが、2%インフレ実現に注力するという黒田路線は大きく変わっていない。日銀が利上げに踏み出している中で、広範囲な賃上げ実現とともにインフレ期待は2%に高まりつつある。インフレ期待の緩やかな上昇が通貨安をもたらす経路が働いている、ということである。

このため、植田総裁率いる日銀の今後の引締め姿勢が、ドル円の値動きを大きく左右する。今後、中立金利への引き上げを目指す考えを植田総裁らがはっきり明言しているので、2025年までには、これまで上昇していたインフレ期待は抑制されるだろう。このため、現在起きている大幅な円安は持続しない、と筆者は考えている。

インフレ高進と円安の悪循環......は現在の日本にありえない

一方、「日本の稼ぐ力」とされる貿易収支やデジタル収支(対外的な情報サービス関連取引)の赤字が続いているから、円安は止まらないという説がある。実際には、貿易収支などの変動が、「ドルと円の相対価格」である為替レートを左右する、とは筆者には思えない。周知のように日本は大幅な経常収支黒字が続いているが大きく円安が進んでおり、「収支」がドル円に影響しているというのは一種の幻想に過ぎない。もし、これらを理由にドル円を予想する専門家がいるならば、彼らの言説は信用しない方がいいだろう。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

金正恩氏「大型艦の保有近い」 海軍力強化の重要性強

ワールド

ベネズエラ野党候補、スペインに出国 扇動容疑で逮捕

ワールド

フランス全土でデモ、マクロン氏の首相選出に抗議

ビジネス

景気懸念再燃、ボラティリティー上昇も=今週の米株式
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:日本政治が変わる日
特集:日本政治が変わる日
2024年9月10日号(9/ 3発売)

派閥が「溶解」し、候補者乱立の自民党総裁選。日本政治は大きな転換点を迎えている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 2
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元で7ゴール見られてお得」日本に大敗した中国ファンの本音は...
  • 3
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が増加する」農水省とJAの利益優先で国民は置き去りに
  • 4
    メーガン妃が自身の国際的影響力について語る...「単…
  • 5
    ウクライナ水上ドローンが、ヘリからの機銃掃射を「…
  • 6
    メーガン妃の投資先が「貧困ポルノ」と批判される...…
  • 7
    強烈な炎を吐くウクライナ「新型ドローン兵器」、ロ…
  • 8
    森に潜んだロシア部隊を発見、HIMARS精密攻撃で大爆…
  • 9
    ロシア国内の「黒海艦隊」基地を、ウクライナ「水上…
  • 10
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 1
    森ごと焼き尽くす...ウクライナの「火炎放射ドローン」がロシア陣地を襲う衝撃シーン
  • 2
    「まるで別人」「ボンドの面影ゼロ」ダニエル・クレイグの新髪型が賛否両論...イメチェンの理由は?
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    中国の製造業に「衰退の兆し」日本が辿った道との3つ…
  • 5
    国立西洋美術館『モネ 睡蓮のとき』 鑑賞チケット5組…
  • 6
    大谷翔平と愛犬デコピンのバッテリーに球場は大歓声…
  • 7
    【現地観戦】「中国代表は警察に通報すべき」「10元…
  • 8
    エルサレムで発見された2700年前の「守護精霊印章」.…
  • 9
    死亡リスクが低下する食事「ペスカタリアン」とは?.…
  • 10
    「令和の米騒動」その真相...「不作のほうが売上高が…
  • 1
    ウクライナの越境攻撃で大混乱か...クルスク州でロシア軍が誤って「味方に爆撃」した決定的瞬間
  • 2
    寿命が延びる「簡単な秘訣」を研究者が明かす【最新研究】
  • 3
    エリート会社員が1600万で買ったマレーシアのマンションは、10年後どうなった?「海外不動産」投資のリアル事情
  • 4
    電子レンジは「バクテリアの温床」...どう掃除すれば…
  • 5
    ハッチから侵入...ウクライナのFPVドローンがロシア…
  • 6
    年収分布で分かる「自分の年収は高いのか、低いのか」
  • 7
    日本とは全然違う...フランスで「制服」導入も学生は…
  • 8
    「棺桶みたい...」客室乗務員がフライト中に眠る「秘…
  • 9
    ウクライナ軍のクルスク侵攻はロシアの罠か
  • 10
    「あの頃の思い出が詰まっている...」懐かしのマクド…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story