コラム

「円安を憂う声」は早晩消えていく

2024年05月16日(木)19時00分
日本の通貨当局は2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる......REUTERS/Issei Kato/

日本の通貨当局は2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる......REUTERS/Issei Kato/

<日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。その意味を考える......>

4月22日当コラムでは、1ドル155円目前まで円安が進み為替介入が行われる可能性が高まっていると指摘した。また、円安は必ずしも「行き過ぎ」とは言えないとも述べた。この直後の、4月末の日銀金融政策決定会合後に、1ドル160円台まで円安が進み、ゴールデンウィークの休暇に入ると、日本の通貨当局は2年ぶりに2~3回にわたり8~10兆円規模の円買い介入に踏み出したとみられる。その後、米金利上昇がとまり円高圧力が和らぐ中で、1ドル155円を軸に推移している。

ドル高円安の動きは米国金利に連動しており、日米の金融政策の姿勢が保たれれば、円買い介入によってドル円の基調転換には至らない。あくまで投機的な値動きをスムージングするための当局の対応である。為替の大幅な変動は経済主体の投資や消費行動に影響を与え、政治的な対応も迫られて、2年ぶりの為替介入を余儀なくされたということである。

為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果

一方で、米国要因で円安が続いているが、企業経営者などからは「円安の悪影響が大きい」との見解が散見されるようになっている。為替変動により事業環境が不確実になり、輸入企業の負担も増える。また、円安により家計の実質所得が減少し、個人消費を抑制する一因になっている。

ただし、企業部門全体でみれば売上・利益を増やす効果があり、円安は企業利益の増加基調を支えている。企業利益の増加が賃上げをもたらし、インフレと賃上げの好循環を促す。デフレの完全克服を目指す過程にある日本経済にとって円安のプラスの効果は大きい。

また、日本は対外債権国であり、ドル高円安によって、円換算した外貨建て資産が増えるストック効果も大きい。外為特別会計に計上されている外貨建て資産が膨らんでいることが一例だが、保有する資産拡大は企業の支出行動を後押しする。

為替変動が経済に及ぼすポジティブ、ネガティブ効果がそれぞれあるわけで、経済全体にとって円安がどう影響するかが重要である。通貨安が経済全体に負の影響がより大きくなるとすれば、それは労働市場が完全雇用にあり、緩和的な政策対応がインフレを押し上げる場合である。日本の失業率は2.5%前後と安定しているが、1990年代前半までは日本の失業率は2%付近にあったことを踏まえると、完全雇用には依然至っていないと筆者は考えている(同様の認識を持っているから、日銀は3月にYCCを解除しながらも、なお金融緩和的な対応を続けているのだろう)。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲うウクライナの猛攻シーン 「ATACMSを使用」と情報筋
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 6
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 9
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 10
    雪の中、服を脱ぎ捨て、丸見えに...ブラジルの歌姫、…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 8
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    大麻は脳にどのような影響を及ぼすのか...? 高濃度の…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    ロシア軍は戦死した北朝鮮兵の「顔を焼いている」──…
  • 7
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 8
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 9
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 10
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story