コラム

円安を止めなければいけない理由は何か

2024年04月22日(月)16時45分
日銀・植田総裁

円安進行がメディアではセンセーショナルに伝えられている...... REUTERS/Kim Kyung-Hoon

<円安ドル高が進み、4月中旬から1ドル154円台で推移している。34年ぶりの水準まで円安が進む中で、メディアでは円安進行がセンセーショナルに伝えられるが、その本当の意味を読み解く......>

為替市場において円安ドル高が進み、4月中旬から1ドル154円台で推移している。34年ぶりの水準まで円安が進む中で、メディアでは円安進行がセンセーショナルに伝えられる。通貨当局からの為替市場への言及が日々報じられ、また財務相会合が開催されたこともあり、金融市場では為替介入が近いとの思惑も広がっている。

今の円安は「行き過ぎ」とは言えない

一方で、年初から続く円安は、米国の金利上昇でほぼ説明できる。4月半ばに発表された米インフレ指標が上振れたため、米長期金利が4.5%を超えると共に円安ドル高に弾みがついた。米国経済が引き続き好調であるがゆえに起きているドル高円安であり、足元ではドル独歩高の様相が強まっている。

 

米国要因で続く円安を、為替介入で止めることがそもそも難しいことを、通貨当局は認識しているだろう。目前に迫る1ドル155円の水準が意識されているが、いわゆる節目の水準で介入が実現する理由はない。介入があっても、短期的な値動きが激しい時にスムージングのために行われるだけで、それは一時的にしか影響しない。

ドル円が購買力平価との対比で1970年代以来の円安水準となっており、1ドル150円台の円安は大きな問題であるとの考える方が多いのだろう。ただ今の円安が「行き過ぎ」とは言えないだろう。日本経済が大幅な需要超過で、基調的なインフレ率が2%を大きく超えているならば、円安は問題である。

通貨円が「逃避通貨」とされていた理由は

実際には、日本経済はそうした状況には依然距離があるのだから、円安は経済全体でみればプラスの効果がより大きい状況は変わらない、と筆者は考えている。円安には超えてはならない閾値があるという説明もあるが、ネガティブな影響を強調するだけの議論がほとんどである。変動相場制度のもとで、金融政策の方向性によって円安が進むならば、米日双方にとってメリットがある。

もちろん、円安によって家計の実質所得が目減りするなどの悪影響は明らかだが、それは減税などの家計所得支援策によって対応できる。仮に、財政政策が十分行われない為に、ドル高円安を強引に止めようとする政策対応を行えば、経済やインフレは不安定化する。

なお、4月に入ってからイランとイスラエルとの緊張関係が高まっていることが、金融市場で不確実性要因として意識されており、株式市場の下落要因になっている。従来は地政学要因が浮上すると、安全資産への逃避として為替市場では円高に動く場面が多かったが、最近は中東情勢の混乱が意識されている中で大幅な円安が起きていることを懸念する見方もある。ただ、2024年に入ってから円安とほぼ同様に、スイスフランも対ドルで下落している。地政学リスクの高まりで「質への逃避」で円やスイスフランが買われる必然性は薄く、仮に安全資産が買われるならばドル高になるのが自然とも言える。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米テスラ、第4四半期粗利益率16.3% 予想下回る

ワールド

シリア旧反体制派指導者、暫定政権トップに就任 現議

ビジネス

FRB議長、暗号資産の規制を支持 包括的な枠組み「

ビジネス

FRB議長、トランプ氏の利下げ要求にコメントせず 
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 3
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? 専門家たちの見解
  • 4
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    女性が愛おしげになでていたのは「白い犬」ではなく.…
  • 7
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 8
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 9
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
  • 10
    AI相場に突風、中国「ディープシーク」の実力は?...…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 6
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 9
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 10
    いま金の価格が上がり続ける不思議
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 5
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 6
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 7
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story