村上尚己 プロ投資家が斬る
植田総裁の「チャレンジング」発言の真意
日銀・植田総裁の発言の真意とは...... REUTERS/Kim Kyung-Hoon
<植田総裁の「年末から来年かけて一段とチャレンジングになる」という発言で、12月にも金融政策決定会合で政策変更が行われる、との見方が強まったことがきっかけで大きくドル高円安が進んだが......>
ドル円は12月7日に、一時1ドル147円付近から142円付近まで大きくドル高円安が進む局面があった。同日に伝わった植田総裁による、「年末から来年かけて一段とチャレンジングになる」という発言で、12月にも金融政策決定会合で政策変更が行われる、との見方が強まったことがきっかけである。日本の10年国債金利も同日0.6%台から0.7%台半ばに大きく上昇、その後高止まっている。
この植田総裁の発言があった直後は、ドル円の動きは限定的だった。その後、一部メディアにおいて、「年末から来年にかけて一段とチャレンジングになる」は早々の政策変更を示唆する発言、と報じられた。日本時間の午後になってから、外国人投資家がこうした報道に大きく反応してドル高円安が進んだ。
植田総裁の発言は、メディアに拡大解釈された可能性
この発言は、予算委員会での国会議員からの質問に対する、植田総裁による回答だった。このやり取り時には金融政策の判断がテーマにはなっておらず、メディアに対する情報管理を含めた政策運営に対する所見を問われ、植田総裁が考えを述べた際の発言だった。植田総裁の真意は本人ではないと分からないが、発言前の質疑の経緯や、「チャレンジング」という言葉を異なる文脈で使っていたことを踏まえると、「チャレンジングになる」というのは金融政策変更を意図していない可能性がありえる。であれば、植田総裁の発言は、メディアの伝えられ方で、拡大解釈されたことになる。
筆者自身は、次の日本銀行の政策対応は、マイナス金利をゼロ金利に修正すると同時にYCCのフレームワークを見直し、だと想定している。この判断が行われるタイミングは、早ければ、春闘賃上げ率の状況が大方判明する24年4月(あるいは3月)とみている。これまでの植田総裁らの説明との整合性を踏まえると、24年度に賃上げがインフレ上昇を支える経路がしっかり働いていることが、政策変更の理由になりそうだからである。賃上げに関する情報が一部大企業に限られる来年1月時点において、マイナス金利を含めた政策変更に踏み出す可能性は高くない、のではないか。
為替市場の反応は、12月時点での日本銀行の政策変更まで意識したとみられ、やや行き過ぎだったようにみえる。ただ、今後のドル円を考える上で、日米の金融政策がドル円の動きに影響する可能性が高い事を、12月7日の大きな値動きは示していると言えるだろう。
円安は、2024年にはある程度修正される、と考える
10月時点で、1ドル150円台に円安が進んだ中で、「円安に歯止めがきかない」との論者の声が目立った。ただ、そうした見方の多くは、日本や米国の金融政策の方向性という変数を、考慮しないあるいは軽視されていたようにみえる。特に、「通貨安は国の貧しさの象徴」との思いが強い方、あるいは金融緩和に批判的な考えを持っている方ほど、「円安は止まらない」という情緒的な見方をされていたようにみえる。
実際には、購買力平価対比でみて既に1970年代以来の円安が進んでいる。22年半ばから円安の半分程度は、これまでの日本銀行による意図的な金融緩和の長期化がもたらしたとみられる。日銀の金融政策が転換点を迎えつつあるとすれば、過去1年半余り進んだ円安は、2024年にはある程度修正される、と考えるのが自然だろうと筆者は考えている。
(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)
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