コラム

円安は財政健全化を後押しする

2023年09月05日(火)18時30分

加えて、インフレ目標実現を見据えて慎重に緩和解除を進める日本銀行の対応が続いたことも円安を後押しした。米国など海外から外的なインフレ圧力を取り込んだ事で、日本経済は、デフレを伴う長期停滞から抜け出しつつあると言える。これまでの円安は「衰退日本の象徴」というよりは、途上にある日本経済の正常化を後押しする、最後の一押しであると位置付けられるだろう。今後は、米国の利上げが最終局面に入る中で、急ピッチな円高転換を回避できるかどうかが、日本にとって大きな課題になるのではないか。

一部論者は、日本の公的債務が問題となり、円安とインフレの悪循環が起きる将来を懸念する。今起きている円安を、公的債務危機の予兆とみなしているのかもしれない。これまで、日本での「いわゆる財政問題」は長年メディアや経済学者などが指摘してきたが、懸念される状況に至ってこなかった。

実際に、コロナ禍後の経済停滞局面でも、日本の税収が過去最高で増え続けていることは、度々報じられている。日本は、コロナ対応で大規模な予算を講じて対応したとされるが、日本の財政赤字はコロナ禍による経済活動抑制が続いていた2021年度以降順調に減少している。日本銀行のデータから財政赤字の規模を試算すると、23年1-3月時点の財政赤字(対GDP比率)は、GDP比3.5%程度である。21年度から約2年間で、日本の財政収支はGDP比率約6%(30兆円規模)改善していると試算される。

円安は財政赤字を縮小させている実情を認識すべき

2022年度も財政赤字はGDP比約3%減少したと試算されるが、財政収支の改善は、円安が進み経済活動が安定して、名目経済成長率の拡大が続き税収が増えたことで、多くの部分が説明できる。つまり、円安は財政赤字を縮小させて、公的債務の状況を安定させているのが実情である。一部論者が懸念する、「円安とインフレの悪循環」が、日本の財政状況を悪化させるというのは的外れな懸念だろう。

仮に再び円高が到来する、あるいは岸田政権が性急に増税を始めれば、脱デフレが頓挫して日本の税収増が止まる。そうなれば、改善していた財政収支は再び悪化し始める可能性が高い。日本の公的債務の状況を懸念する論者は、円安ではなく「円高への反転」を心配した方が良いのではないか。

(本稿で示された内容や意見は筆者個人によるもので、所属する機関の見解を示すものではありません)

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。『日本の正しい未来――世界一豊かになる条件』講談社α新書、など著書多数。最新刊『円安の何が悪いのか?』フォレスト新書が2025年1月9日発売。

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