コラム

予想外の円安は日本経済正常化を支える

2023年05月17日(水)10時30分

G7財務相・中央銀行総裁会議で会見する植田和男・日銀総裁 Kiyoshi Ota/REUTERS

<2022年秋のような1ドル150円台までの円安ほど急激ではないが、緩やかな「円の独歩安」が進んでいる。その意味を考える......>

ドル円相場は23年初から1ドル=128-137円のレンジでやや円安気味で推移している。3月には米国の銀行破綻でドル安円高に動いたが、米当局の対応などで大手銀行を含んだ危機には至らなかった。また債務上限問題に関する報道も増えているが、「通貨ドル」は年初対比でややドル安だが総じて安定している。

ユーロドルは、4月初旬の1ユーロ=1.06から5月初旬には一時1.10台にドル安に動く場面があった。ECBの利上げ観測が高まったことに加えて、米国の銀行問題がやや「ドル安要因」になったかもしれない。この同じ期間、ドル円でみると、4月初旬の130円付近から月末までに135円付近に「ドル高円安」になっている。対ユーロでドル安気味だったが、ドル安以上に円安が進んだということである。2022年秋のような1ドル150円台までの円安ほど急激ではないが、緩やかな「円の独歩安」の地合いと言えるだろう。

円安は、日本の衰退をあらわす象徴?

こういう状況になると、円安を理由付けする様々な見方がでてくる。例えば、昨年進んだ円安には、日本の貿易赤字が広がったことが影響している、との見方が良く聞かれる。日々の貿易取引に基づく為替取引で、通貨安になる部分はあるにしても、貿易収支の変動が通貨変動を引き起こす因果関係は曖昧である。

例えば、2008年の原油価格急騰、2011年の大震災などなどに日本の貿易収支赤字に転じた時には、大きく円高が進んだ。また、原油価格が既に昨年の高値からかなり低下しているので、日本の貿易収支赤字は22年後半をピークに23年には縮小しているのだが、2023年の円高要因にはなっていない。

貿易赤字が「日本経済全体の衰退」の象徴と考える論者ほど、購買力の低下を表す円安を同一視しがちだが、これはナイーブな印象論なのだろう。これは、必要な金融緩和や円安をネガティブに報じたいメディアなどの論調とも関連している、と筆者は考えている。

実際には、為替変動は、インフレ動向に影響する金融政策の動向が大きく影響する。4月に円が独歩安で動いたことは、日本銀行に対する市場の思惑で説明できる部分が大きいとみられる。4月の金融政策決定会合を前に、新たな体制を率いる植田日銀総裁がYCC(イールドカーブコントロール)修正を早期に開始するとの見方が後退した。

黒田総裁の後を継ぐ植田総裁の金融緩和への姿勢が変わることが、円高要因になるのではないかと筆者も実は警戒していた。ただ、実際には植田総裁は、YCC修正を含めて正常化に慎重な姿勢を示した。足元で原材料価格上昇の波及効果などでCPIコアが2%を大きく超え、今年の春闘賃上げ率は90年前半以来の伸びを示すほど賃金も上昇している。それでもなお、「賃金の上昇を伴うかたちで 2%の物価安定の実現を目指す」「基調的なインフレ率が2%に達していない」「粘り強く金融緩和を続けたい」などの考えを、記者会見において植田総裁は述べた。

プロフィール

村上尚己

アセットマネジメントOne シニアエコノミスト。東京大学経済学部卒業。シンクタンク、証券会社、資産運用会社で国内外の経済・金融市場の分析に20年以上従事。2003年からゴールドマン・サックス証券でエコノミストとして日本経済の予測全般を担当、2008年マネックス証券 チーフエコノミスト、2014年アライアンスバーンスタン マーケットストラテジスト。2019年4月から現職。著書「日本の正しい未来」講談社α新書、など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(8日配信記事)-エアビー、第1四半期は増収増

ビジネス

将来の利下げ回数、賃金など次第 FRBに左右されず

ビジネス

米新規失業保険申請23.1万件、予想以上に増加 約

ワールド

イスラエル、戦争の目的達成に必要なことは何でも実施
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 2

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 3

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽しく疲れをとる方法

  • 4

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 5

    上半身裸の女性バックダンサーと「がっつりキス」...…

  • 6

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 9

    「高齢者は粗食にしたほうがよい」は大間違い、肉を…

  • 10

    総選挙大勝、それでも韓国進歩派に走る深い断層線

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 9

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 10

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story