コラム

揺れる米独関係

2017年06月02日(金)14時50分

Tony Gentile-REUTERS

<サミットでのトランプ大統領の配慮の無い言動は、長い時間をかけて醸成されてきた米独の信頼関係を傷つけた。ドイツ外交は変化するのか>

サミットが残したトランプ大統領の悪印象

G7サミット終了後、ドイツに戻ったメルケル首相はキリスト教社会同盟(CSU)の集会で「ドイツが他国に頼れることが出来た時代はある程度終わった("Die Zeiten, in denen wir uns auf andere völlig verlassen konnten, die sind ein Stück vorbei.")」と述べた。

この発言中の「他国」がアメリカを意味していることは文脈上明らかである。メルケル首相はこの集会前の数日間、トランプ米大統領と共にNATOサミット、G7サミットをはじめとする多くの会議に出席している。またトランプ大統領は他のEU首脳との会談でドイツの対米貿易黒字や防衛費の対GDP比での支出の少なさに不満をあらわにしていた。メルケル首相は3月の訪米時にある程度関係が安定し、深く理解し合える関係は築けないとしても、NATOや対独貿易赤字に対して大統領選挙戦中に示したような極端な認識は修正されたと考えていただけに、トランプ大統領の配慮の無い発言、自由貿易や地球環境問題への無理解を示す一連の発言への落胆は大きかった。その結果、一連の会議外交を済ませた後の感想として、もうドイツは昔のようにアメリカを頼りにすることは難しくなってしまったという主旨の発言をしたのであった。

この発言は、ミュンヘン市内の地元の祭りにあわせて開催された政党集会の場のものであって、ビール片手に集まった普通の人々に語りかけるわかりやすさが重要であったことを差し引いても、ドイツの政治家としてはかなり大胆なものであったといえよう。

演説の機会を作ったCSUはメルケル首相が党首をつとめるキリスト教民主同盟(CDU)の姉妹政党であり、バイエルン州のみに組織を持つ。CDUよりも保守的であり、難民危機の際にCSUの指導者たちはメルケル首相の寛容な政策に対して非常に厳しい批判を繰り返していた。しかし難民危機もほぼ収束し、メルケル首相が9月24日の連邦議会選挙で首相としての再選を目指すようになると、次第に結束して支持を表明するようになってきた。

ドイツ外交の原則は不変か?

冒頭の発言は、次第にメルケル人気が復活し、再選が確実視される中での選挙向け、国内向けの演説であった。では、アメリカの変化と共にドイツ外交も変容していくのであろうか。

戦後ドイツの外交政策の柱の一つは、アメリカを中心とした大西洋主義であり、もう一つの柱がフランスとの和解を軸にしたヨーロッパ統合であった。大西洋主義のもと、自由貿易システムの中で経済的な豊かさと社会の安定を取り戻し、北大西洋条約機構(NATO)によるソ連・東側陣営からの安全を確保できたことが今日のドイツの繁栄の基礎となっている。ベルリン封鎖時の西ベルリンに対する支援やベルリンの壁の前でのケネディー大統領やレーガン大統領の演説、ベルリンの壁崩壊後のブッシュ大統領をはじめとするドイツ統一へ向けた支援は、アメリカの寛大さと西ドイツに対する信頼感を象徴する出来事であった。

トランプ大統領の配慮の無い言動は、長い時間をかけて醸成されてきた米独の信頼関係を傷つけるものである。メルケル首相のみならず、連立政権を構成する社会民主党(SPD)の指導者たちもトランプ大統領に対して辛辣な発言を繰り返している。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ECB総裁、欧州経済統合「緊急性高まる」 早期行動

ビジネス

英小売売上高、10月は前月比-0.7% 予算案発表

ワールド

中国、日本人の短期ビザ免除を再開 林官房長官「交流

ビジネス

独GDP改定値、第3四半期は前期比+0.1% 速報
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでい…
  • 6
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 7
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 8
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 9
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 10
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 7
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story