コラム

揺れる米独関係

2017年06月02日(金)14時50分

ガブリエル外相(SPD)はNATOサミット前にトランプ大統領がサウジアラビアを訪問し巨額の武器輸出契約を取り付けたこと、それが地域の安定に貢献しないこと、一連のサミットでのトランプ大統領の言動を批判した。人権や民主主義という普遍的価値を共有しないトランプ大統領という批判も、ドイツの外相の発言としては非常に踏み込んだものである。アメリカが普遍的価値を擁護ないのであれば、ヨーロッパがより強くなり普遍的な価値を擁護しなければならないと発言している。

また、SPD党首で首相候補であるシュルツも、選挙戦では対立候補であるにもかかわらず、メルケル首相のNATOやG7における立場を擁護し、トランプ大統領批判を繰り返している。SPDの指導者たちの発言もまた、アメリカに信頼をおくことが出来ないのであれば、ヨーロッパはこれまで以上に結束して普遍的な人権の価値と民主主義、自由貿易、地球環境を守らなければならないというもので、メルケル首相の発言と完全に軌を一にしている。

このような状況は2002年の夏を思い起こさせる。当時はイラクが大量破壊兵器を保有していると判断したアメリカとイギリスが、イラクが国連決議に基づく査察をうけいれなければ軍事行動をとることを議論している段階であった。ドイツはフランスと多くの西欧のEU加盟国とともに米英とそれに追随する東欧諸国の判断に反対していた。2002年9月末には2017年と同じように連邦議会選挙が予定されており、ドイツ政界は選挙戦のただ中にあった。

シュレーダー首相率いるSPDと緑の党の連立政権(赤緑連立政権)は、景気の停滞、財政赤字の拡大、1998年の選挙で公約とした経済社会システムの改革が進まないことなどから、人気が停滞していた。そのような状況のもとで、シュレーダー首相は、たとえ国連安全保障理事会が軍事行動を認める決議を出したとしても、ドイツは対イラクの軍事行動に参加することはないと明言した。このときの野党CDU/CSUは米独関係の重要性と、ドイツがアメリカや他のEU諸国との協調を維持することを主張したが、連邦議会選挙では労働市場改革政策の推進やエルベ川の洪水をめぐる災害対処問題などもあって、シュレーダー赤緑政権は再選された。その結果、米独関係は一時ひどく冷却化した。

当時と最も異なるのは、ドイツ側は大連立政権であり2つの大きな政党間でトランプ大統領の評価に大きな違いが無いこと、トランプ大統領の言動が、戦後ドイツが追い求めてきた諸価値からあまりにもかけ離れたものとなってしまっていることであろう。この事態は大統領が交代すれば回復可能なのか、そもそもそのような大統領を選んでしまう国に変わってしまったので中長期的にも変化は期待薄なのだろうか。いずれにしても、もうこれまで通りアメリカに頼ることは出来ない、守るべき価値はヨーロッパの結束によって守るほかないという発言がいたるところで聞こえるようになっている。

ドイツ外交の基軸であった大西洋主義からドイツが離れようとしているわけではなく、問題はトランプ政権のアメリカだという認識に立てば、ドイツ外交の選択肢は自ずともう一つの柱、すなわちヨーロッパ、EUに向かわざるを得ない。

EU内ではハンガリーやポーランドのような右傾化したポピュリスト政権を抱えていることや、難民が大量流入することを抑制しているトルコとの関係など、懸念材料も多いものの、5月のフランス大統領選挙では親EU路線をとるマクロンが当選した。それに先立つオランダでも懸念されたウィルダース率いる自由党(PPV)は勝利できず、ポピュリズムの波は収まっている。そしてイギリスのEU離脱へ向けてもEU内の結束は保たれている。ドイツの選挙が実施される9月まではEU内では大きな変化は予見されていない。

【参考記事】イギリス離脱交渉の開始とEUの結束

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

景気判断「緩やかに回復」維持、物価高継続の影響など

ワールド

9月改定景気動向指数、114.6で速報値と変わらず

ビジネス

利上げで逆ザヤ発生、国債評価損32.8兆円と過去最

ワールド

韓国与党、対米投資資金3500億ドル確保へ 基金設
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ガザの叫びを聞け
特集:ガザの叫びを聞け
2025年12月 2日号(11/26発売)

「天井なき監獄」を生きるパレスチナ自治区ガザの若者たちが世界に向けて発信した10年の記録

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 2
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ成長株へ転生できたのか
  • 3
    老後資金は「ためる」より「使う」へ──50代からの後悔しない人生後半のマネープラン
  • 4
    【最先端戦闘機】ミラージュ、F16、グリペン、ラファ…
  • 5
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判…
  • 6
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 7
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 8
    放置されていた、恐竜の「ゲロ」の化石...そこに眠っ…
  • 9
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 10
    7歳の娘の「スマホの検索履歴」で見つかった「衝撃の…
  • 1
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸送機「C-130」謎の墜落を捉えた「衝撃映像」が拡散
  • 2
    「髪形がおかしい...」実写版『モアナ』予告編に批判殺到、そもそも「実写化が早すぎる」との声も
  • 3
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるようになる!筋トレよりもずっと効果的な「たった30秒の体操」〈注目記事〉
  • 4
    ポルノ依存症になるメカニズムが判明! 絶対やって…
  • 5
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 6
    マムダニの次は「この男」?...イケメンすぎる「ケネ…
  • 7
    AIの浸透で「ブルーカラー」の賃金が上がり、「ホワ…
  • 8
    「まじかよ...」母親にヘアカットを頼んだ25歳女性、…
  • 9
    海外の空港でトイレに入った女性が見た、驚きの「ナ…
  • 10
    【銘柄】イオンの株価が2倍に。かつての優待株はなぜ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    東京がニューヨークを上回り「世界最大の経済都市」に...日本からは、もう1都市圏がトップ10入り
  • 3
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 6
    高速で回転しながら「地上に落下」...トルコの軍用輸…
  • 7
    「999段の階段」を落下...中国・自動車メーカーがPR…
  • 8
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦…
  • 9
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 10
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story