揺れる米独関係
ガブリエル外相(SPD)はNATOサミット前にトランプ大統領がサウジアラビアを訪問し巨額の武器輸出契約を取り付けたこと、それが地域の安定に貢献しないこと、一連のサミットでのトランプ大統領の言動を批判した。人権や民主主義という普遍的価値を共有しないトランプ大統領という批判も、ドイツの外相の発言としては非常に踏み込んだものである。アメリカが普遍的価値を擁護ないのであれば、ヨーロッパがより強くなり普遍的な価値を擁護しなければならないと発言している。
また、SPD党首で首相候補であるシュルツも、選挙戦では対立候補であるにもかかわらず、メルケル首相のNATOやG7における立場を擁護し、トランプ大統領批判を繰り返している。SPDの指導者たちの発言もまた、アメリカに信頼をおくことが出来ないのであれば、ヨーロッパはこれまで以上に結束して普遍的な人権の価値と民主主義、自由貿易、地球環境を守らなければならないというもので、メルケル首相の発言と完全に軌を一にしている。
このような状況は2002年の夏を思い起こさせる。当時はイラクが大量破壊兵器を保有していると判断したアメリカとイギリスが、イラクが国連決議に基づく査察をうけいれなければ軍事行動をとることを議論している段階であった。ドイツはフランスと多くの西欧のEU加盟国とともに米英とそれに追随する東欧諸国の判断に反対していた。2002年9月末には2017年と同じように連邦議会選挙が予定されており、ドイツ政界は選挙戦のただ中にあった。
シュレーダー首相率いるSPDと緑の党の連立政権(赤緑連立政権)は、景気の停滞、財政赤字の拡大、1998年の選挙で公約とした経済社会システムの改革が進まないことなどから、人気が停滞していた。そのような状況のもとで、シュレーダー首相は、たとえ国連安全保障理事会が軍事行動を認める決議を出したとしても、ドイツは対イラクの軍事行動に参加することはないと明言した。このときの野党CDU/CSUは米独関係の重要性と、ドイツがアメリカや他のEU諸国との協調を維持することを主張したが、連邦議会選挙では労働市場改革政策の推進やエルベ川の洪水をめぐる災害対処問題などもあって、シュレーダー赤緑政権は再選された。その結果、米独関係は一時ひどく冷却化した。
当時と最も異なるのは、ドイツ側は大連立政権であり2つの大きな政党間でトランプ大統領の評価に大きな違いが無いこと、トランプ大統領の言動が、戦後ドイツが追い求めてきた諸価値からあまりにもかけ離れたものとなってしまっていることであろう。この事態は大統領が交代すれば回復可能なのか、そもそもそのような大統領を選んでしまう国に変わってしまったので中長期的にも変化は期待薄なのだろうか。いずれにしても、もうこれまで通りアメリカに頼ることは出来ない、守るべき価値はヨーロッパの結束によって守るほかないという発言がいたるところで聞こえるようになっている。
ドイツ外交の基軸であった大西洋主義からドイツが離れようとしているわけではなく、問題はトランプ政権のアメリカだという認識に立てば、ドイツ外交の選択肢は自ずともう一つの柱、すなわちヨーロッパ、EUに向かわざるを得ない。
EU内ではハンガリーやポーランドのような右傾化したポピュリスト政権を抱えていることや、難民が大量流入することを抑制しているトルコとの関係など、懸念材料も多いものの、5月のフランス大統領選挙では親EU路線をとるマクロンが当選した。それに先立つオランダでも懸念されたウィルダース率いる自由党(PPV)は勝利できず、ポピュリズムの波は収まっている。そしてイギリスのEU離脱へ向けてもEU内の結束は保たれている。ドイツの選挙が実施される9月まではEU内では大きな変化は予見されていない。
【参考記事】イギリス離脱交渉の開始とEUの結束
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