コラム

揺れる米独関係

2017年06月02日(金)14時50分

NATOにおけるGDP比2%の防衛予算問題

NATOサミットでトランプ大統領はほとんどのヨーロッパ諸国がNATOにおいて支払うべき金を払っていないと批判した。この批判は、NATOが2014年のウェールズサミットで合意した予算指針と現実の防衛支出との乖離を問題にしている。2017年の時点で防衛予算がGDPの2%前後とほぼ目標を達成しているEU加盟国でNATOの加盟国でもある国(EUかつNATOの加盟国)はイギリス、ギリシャ、エストニア、ポーランドのみである。ドイツは約1.2%と目標にはとても及ばない。

しかし、ドイツは2015年度から防衛予算を増額しはじめており、2016年度には大幅な増額がおこなわれ、この趨勢は続くと見られている。問題は、この数値は対GDP比であるために、GDPが当初見積もりより大きくなれば、達成は容易ではないことである。

ドイツは冷戦の終結とドイツ統一によって、安全保障環境が大きく変わったことから、連邦軍を大幅に縮小し、かつ領域防衛の軍隊から危機管理対応の軍隊へ改編し、徴兵制も2011年に停止した。しかし今日では、ロシアのクリミア併合とハイブリッド戦争、さらにはテロの脅威など、再び安全保障環境が大きく変化し、NATO、とりわけバルト諸国などの防衛に貢献する必要性などから、ドイツでも防衛予算の増額に対して大きな反対はない。メルケル首相も連邦議会などでこの目標に向けて努力することを発言している。

しかし、ドイツのような経済大国が防衛予算を2024年までに1.2%から2%に引き上げることは、さまざまな問題を生じさせることとなろう。NATOの目標では、人件費などを除いた兵器・装備への支出に向けることも合意されているため、短期間のうちに強大な装備を揃えることになる。確かにこれは2014年のNATOサミットにおける合意であるが、ドイツ国内では、短期間でドイツが軍事大国化することで、いかにヨーロッパ統合による和解が進んだといっても、東側の隣接国にとっては脅威にすらなり得るという配慮の声も多い。シュルツSPD首相候補が言うように、地域の安定化や開発援助など、包括的な政策にも関連づけて安全保障を語るべきであるとの声もある。

メルケル首相は前哨戦で3連勝、政権のゆくえは?

ザールラント州、シュレスヴィヒ・ホルシュタイン州、ノルトライン・ヴェストファーレン州の3つの州議会選挙で勝利したメルケル首相は、難民危機という首相の地位の危機を克服し、トランプ大統領という不安を抱かせる指導者に対するヨーロッパの安定の軸として盤石の体制で9月の選挙まで走り抜けそうである。対照的に、シュルツSPD首相候補は、候補となった当初のみはメルケル首相をしのぐ支持を世論調査で集めることができたものの、3つの前哨戦での敗北から、メディアからはすっかり可能性がなくなったと見られるようになってきた。

【参考記事】地方選挙から見るドイツ政治:ザールラント州議会選挙の結果

しかし、ドイツ政治は連立の政治である。連立政権のジュニアパートナーとなる可能性のある緑の党、左派党に加えて、連邦議会への初進出を目指すドイツの選択肢(AfD)も議席を確保するであろうし、かつては連立政権のジュニアパートナーとして長年政権の座にあった自由民主党(FDP)も議席回復を狙っている。結局左派党とAfDを排除しつつ安定した多数を形成出来るのはCDU/CSUとSPDの大連立政権ということになる可能性は相当高い。対米関係が不安定化し、ドイツの課題が大きければ大きいほどドイツ政治は安定を指向し、大連立以外の選択肢は小さくなるであろう。

プロフィール

森井裕一

東京大学大学院総合文化研究科教授。群馬県生まれ。琉球大学講師、筑波大学講師などを経て2000年に東京大学大学院総合文化研究科助教授、2007年准教授。2015年から教授。専門はドイツ政治、EUの政治、国際政治学。主著に、『現代ドイツの外交と政治』(信山社、2008年)、『ドイツの歴史を知るための50章』(編著、明石書店、2016年)『ヨーロッパの政治経済・入門』(編著、有斐閣、2012年)『地域統合とグローバル秩序-ヨーロッパと日本・アジア』(編著、信山社、2010年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 7
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 8
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 9
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story