コラム

原作者とモメる完璧主義者キューブリックの『シャイニング』は異質の怖さ

2024年02月17日(土)13時45分

ウェンディ(シェリー・デュバル)が隠れるバスルームの扉をたたき割って顔をのぞかせたジャック(ジャック・ニコルソン)が「HereʼsJohnny!(ジョニーだよ!)」とうれしそうに言うシーンはあまりにも有名だが、なぜジャックではなくジョニーかといえば、米NBCで放送されていた『トゥナイト・ショー』でジョニー・カーソンが紹介されるときのフレーズをニコルソンがアドリブで言ったとの説がある。よくまあキューブリックの前でアドリブができたなあと思うが、何十回もテイクを重ねたらしいから、もちろん最終的にはキューブリックの判断だ。






最も怖かったのは、ジャックがずっとタイプしていた原稿をウェンディがのぞくシーンだ。何百枚もの原稿には、「All work and no playmakes Jack a dull boy(仕事ばかりで遊ばないとジャックはばかになる)」とひたすら書かれている。悪魔も幽霊も出てこない。それらしきシーンはあるが、精神を病んだジャックの幻想にも見える。一人息子のダニーが廊下で双子の少女と出会うシーンはあるが、それも事実かどうかは明確ではない。

観ながら思う。自分は今、ジャックの幻想を観ているのではないか。それが分からない。だから怖い。明らかにゾンビやスプラッタ系とは異質の怖さだ。

240220p42_MCM_02.jpg

『シャイニング』(1980年)
監督/スタンリー・キューブリック
出演/ジャック・ニコルソン、シェリー・デュバル、ダニー・ロイド

<本誌2024年2月20日号掲載>



20240514issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月14日号(5月8日発売)は「岸田のホンネ」特集。金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口……岸田文雄首相が本誌単独取材で語った「転換点の日本」

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


プロフィール

森達也

映画監督、作家。明治大学特任教授。主な作品にオウム真理教信者のドキュメンタリー映画『A』や『FAKE』『i−新聞記者ドキュメント−』がある。著書も『A3』『死刑』など多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米ミサイル駆逐艦が台湾海峡通過、新総統就任まで2週

ワールド

力強い賃上げの動きが中小企業に広がること重要=林官

ワールド

ブラジル貿易黒字、4月は21年以来の高水準 輸出入

ビジネス

米パラマウント、ソニー陣営と財務諸表の開示を協議中
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必要な「プライベートジェット三昧」に非難の嵐

  • 3

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 4

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 5

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食…

  • 6

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 7

    休養学の医学博士が解説「お風呂・温泉の健康術」楽…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    ロシア軍兵舎の不条理大量殺人、士気低下の果ての狂気

  • 10

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 9

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 10

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story