誰もが泣く...通好みでない映画『とんび』を瀬々敬久監督はあえて作った
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<日本映画界のヒットメーカー瀬々監督の『とんび』は定石を外さないベタな作品で、映画通には評価されないが......>
時代は昭和37年。三輪トラックを運転するヤス(阿部寛)は、けんかっ早くて酒とたばこが大好き。でも実は純情で一途。だからみんなから愛されている。そのヤスは美佐子(麻生久美子)と結婚して、もうすぐ一児の父となる。
これが映画『とんび』の冒頭。物語はこれ以降、ヤスが他界するまでの昭和の時系列を、時おり行きつ戻りつしながら進行する。
原作は重松清。かつてNHKとTBSがドラマ化している。つまり比較される。僕ならば手は出さない。しかし(経緯は知らないが)映画化された。監督は瀬々敬久。
登場人物はみな善人。つまり本作を一言にすればベタだ。展開もせりふも分かりやすい。定石を外さない。
瀬々についてはこの連載で、『菊とギロチン』(2018年)を以前に取り上げた。その後の瀬々は作品を量産している。『楽園』(19年)、『糸』(20年)、『明日の食卓』(21年)、『護られなかった者たちへ』(21年)と立て続けに発表し、『とんび』を経て『ラーゲリより愛を込めて』(22年)を監督し、『春に散る』は今年8月に公開予定だ。話題作は多い。特に『糸』や『護られなかった者たちへ』、『ラーゲリより愛を込めて』は、テレビCMを何度も見た記憶がある。
映画を分類する方法はいくらでもあるが、テレビでCMを打てる映画と打てない映画は明確に二分される。前者については製作側に資金力があることが前提で、主演俳優が客を呼べるスター(死語だ)であることも条件だ。
たった数年の間にテレビCMが放送される映画を何本も撮ることができる瀬々は、間違いなく日本映画界のヒットメーカーだ。でもそれだけではない。『菊とギロチン』の回の自分の文章を以下に引用する。
〈瀬々にはたくさんの顔がある。そもそもはピンク映画の巨匠だった。ドキュメンタリー作品も数多い。実際に起きた事件を題材にする社会派でもある。さらに大ヒットしたメジャー映画『感染列島』や『64ーロクヨンー』なども監督している。〉
大資本を背景に話題作を発表し続ける瀬々は、数年に1回、明らかに方向が違う作品を発表する。『菊とギロチン』や4時間38分の『ヘヴンズ ストーリー』、『友罪』、5時間14分の『ドキュメンタリー 頭脳警察』などがその系譜だろう。
共通することは(映画的に)アナーキーで分かりづらく、絶対に一般向けではないことだ。ノルマは果たしながら、貯金ができたら自分のテーマを追う。瀬々のこのスタイルは徹底している。
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