狂気を描く映画『清作の妻』は日本版『タクシードライバー』
ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<誰にも予想できない行為に及んだお兼、彼女を捕らえて集団リンチする村人たち、取りつかれたように鐘を鳴らし続ける清作──映画のテーマを一言にすれば「狂気」だが、その源泉は何なのか>
『清作の妻』の劇場公開は1965年。吉田絃二郎の同名小説を新藤兼人が脚色して、『兵隊やくざ』や『陸軍中野学校』などで知られる巨匠、増村保造が監督した。
舞台は日露戦争時代の広島の貧しい農村。病気の父を抱える一家の生計を支えるため、お兼(若尾文子)は大富豪の隠居老人(殿山泰司)の妾(めかけ)となる。しかし老人は入浴中に急死し、病気の父も亡くなる。莫大な遺産を相続して家に戻ってきたお兼に対して、村人たちの好奇と嫌悪の視線が容赦なく突き刺さる。
閉鎖された集団は同質性を強要する。艶やかな美貌を誇り大富豪の妾となり大金を手にして帰ってきたお兼は、村の日常(ルーティン)からはみ出した存在だ。村八分という言葉が示すように、日本の村落共同体的メンタリティーは異質な存在に対して徹底して不寛容だ。思い込みの激しいお兼の性格も孤立する大きな要因になった。
そんなとき、除隊した清作(田村高廣)が村に帰ってくる。子供の頃から真面目で優秀。勇敢な模範兵として表彰までされた清作を、村長や在郷軍人会、そして村人たちは、おらが村の英雄として熱狂的に歓迎する。
やがてお兼の母も死ぬ。知的障害を持つ従兄(千葉信男)と2人で暮らしながら、お兼は孤独な生活に耐え続けていた。
そのお兼が清作と恋に落ちる。やはり思い込みの激しい清作は、家族や村人たちの反対の声も気にならない。家を出た清作はお兼と暮らし始める。しばらく続く甘い蜜月の日々。しかし日露戦争の勃発で清作に召集令状が届く。負傷して一旦は村に帰るが、再び戦地に向かう清作。いま別れたらもう二度と会えなくなるかもしれない。清作が負傷したことで、お兼のその危惧はより強くなる。思い悩んだお兼は、たまたま拾った太い釘(くぎ)を着物の懐に忍ばせる。
映画のテーマを一言にすれば狂気だ。誰にも予想できない行為に及んだお兼だけではなく、逃げる彼女を捕らえて集団でリンチする村人たちも、目を覆いたくなるほどに狂乱する暴徒だ。さらに、取りつかれたように鐘を鳴らし続ける清作も狂気だ。
そして何よりも、戦地で負傷し治療のために戻ってきた清作に、「恥を知れ!」「次は戦死してこい!」などと罵声を浴びせる村人たちが象徴する銃後の戦争、つまり国家も狂気だ。
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