塚本晋也が自主製作映画『野火』で描いた、戦争の極限状態と日本兵の人肉食

ILLUSTRATION BY NATSUCO MOON FOR NEWSWEEK JAPAN
<原作は大岡昇平。ぼろぼろの軍服でレイテ島をさまよう敗残兵たちは、互いを「貪り食う」ため殺し合う──。脚本・監督・撮影・主演・製作の全てを担った塚本が映し出す戦争のリアルとは>
1980年代後半以降の日本映画界には、自主製作映画を経て商業映画に進出した映画監督が多い。この連載でこれまで取り上げてきた監督たちも、半分以上は自主映画出身だ。
塚本晋也が1989年に1000万円の予算で製作した『鉄男』を初めて観たときは驚いた。いや、驚いたのレベルではなくあきれた。どうかしている。なぜここまでやるんだ。観ながらずっとそんなことを考えていた。16ミリモノクロ。でも映画は自主製作の域をはるかに超えていた。CGなどない時代にほぼ全編が特撮。とにかく細部にこだわる。生半可な決意では作れない映画だ。
塚本や僕の世代は8ミリか16ミリフィルム。その後にデジタルビデオが普及して、さらにミニシアターも増えて、近年は『カメラを止めるな!』など自主製作映画がそのまま劇場公開される例も増えている。
『鉄男』以降の塚本は多くの商業映画の監督や俳優として活躍し、2015年に再び自主製作映画『野火』を発表した。原作は大岡昇平。レイテ島で敗残した日本兵たちの物語。この映画で塚本は脚本・監督・撮影・主演・製作を全て担当している。まあこれは彼のいつものスタイルだ。
『野火』の映画化は2回目だが(1959年に市川崑が映画化している)、本作はリメークとは微妙に違う。なぜなら市川は原作における人肉食のシーンを巧妙に回避した。しかし塚本は外さない。バリバリだ。自主映画だからこそ思い切り描いたのか、あるいはこの要素を外さないからこそ資金が集まらなかったのか、本人に聞かなければ分からないけれど、おそらく両方だと思う。
島に敗残した日本兵たちは、ぼろぼろの軍服を身にまといながら、食料を求めて島内をさまよい歩く。米軍のジープを見つければ迷うことなく白旗を掲げて救いを求めようとするが、ジープに同乗していた島の女性にあっさり撃ち殺される。つまり日本兵は徹底して現地の人たちに憎まれていた。アジア解放の理念などかけらもない。実際に主人公は別の女性を撃ち殺している。
音の映画だ。銃弾が肉体を引き裂く痛みや身体の中で跳弾して内臓を引き裂くイメージが、硬質な音によって喚起される。しかも寄り(アップ)の映像が多い。理由は単純。自主製作で資金が乏しいから。ロングにしたらいろいろばれてしまう。
だから画面の半分近くは、無精ひげを生やして鼻水を垂らしながら泥で汚れた男たちの顔のアップ。飢えて死にかけた兵士たちは、終盤で殺し合う。互いを貪り食うために。