コラム

「生き残った以上は、後悔する生き方はしたくない」──宮島達男のアーティスト人生

2022年12月09日(金)10時45分

そうした状況に違和感を抱いた宮島は、新表現主義に対するカウンターのごとく骨太の活動を行い、先鋭的な作家や評論家たちのアジトのようになっていた神田の画廊パレルゴンでアルバイトの画廊番をしながら色んな作家たちの表現を観察しつつ、自主企画等も実施するようになる。「ここには、歴史も理論もしっかりおさえた上でやろうという人たちがいて、自分はそういう方向でいいんだと思えた」という。

第1エポック 3つのコンセプト確立と本格的デビュー、国際アートシーンへ(1987-89年)


その後進んだ大学院で、家電製品を使ったインスタレーションやスイスのアーティスト、ジャン・ティンゲリーの機械的な動きのあるような作品を制作していた宮島は、1987年にフランス留学を目指したが、語学面で断念する。海外留学の道を絶たれた彼は、ルナミ画廊での展覧会で勝負をかけようと、一生かけても恥ずかしくないものとして3つのコンセプトを考案する。「それは変化し続ける」、「それはあらゆるものと関係を結ぶ」、「それは永遠に続く」からなる、ジル・ドゥルーズ(注1)とフェリックス・ガタリ(注2)の著作『アンチ・オイディプス』の一節からヒントを得たもので、ここにおいて、LEDの明滅という視覚的イメージが、仏教思想や時間、コスモロジーといった概念的深淵さと拡がりを伴って提示されるのである。

はたして、宮島の勝負は見事に当たり、本展は大きな注目を集め、翌年に控えたヴェネツィア・ビエンナーレのアペルト部門に推薦されることになる。同部門は、今や伝説のキュレーター、ハラルド・ゼーマンらによって1980年に設けられた、イタリア語でオープンの意味を持つ、若手アーティストを紹介する部門である(1995年に廃止)。

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ヴェニスビエンナーレでの作品設置の様子(1988年)

暗い部屋の床一面に発光ダイオードの大量の数字が明滅する宮島の《Sea of Time》は、日本発のテクノロジーを使った新しいアートの出現を感じさせ、大きな反響を得る。また、この時期には、技術大国、経済大国としての日本の台頭を背景に、海外のキュレーターが調査来日し、日本の現代アートを海外の美術館で紹介する企画も活発化している。

宮島もアメリカの美術館等を巡回した「アゲインスト・ネイチャー 80年代の日本美術」展(1989年)に参加したり、1990年にはアジアン・カルチュラル・カウンシル(ACC)の招きでニューヨークに滞在。また、ドイツ学術交流会(DAAD)の招聘でベルリン、カルティエ現代美術財団によりパリでも滞在制作するとともに、ロンドンの著名なAnthony D'ffay Galleryとも仕事をするようになっていった。

ベルリンの壁崩壊前年のアペルト展や、同じく宮島が参加した1989年のパリのポンピドゥーセンターでの「大地の魔術師たち」展は、ソ連から亡命してきたアーティストや、アフリカ、アジア圏の作家たちも多数参加し、間近に迫った政治的激動と、その後一気に多文化圏へと開かれていくアートシーンの変化の兆を肌で感じるものだったようだ。実際、同展の設営中には天安門事件がおこり、黄永砯(ホアン・ヨンピン)ら中国人アーティストは帰国出来ず、そのままフランスに残ることになってしまった。

こうして宮島は、デビュー後瞬く間に世界のアートシーンで活躍するようになったわけだが、実はその反面、大きな絶望感を味わうようになっていったようである。国際アートシーンで認められるのは嬉しく、また海外で色んな作家たちと交流することも楽しかったが、華やかなアート界で繰り広げられる会話がお金の話など、あまり夢のある話ではなく、うんざりしてどんどん疲弊していったという。

注1: フランスの哲学者。1925年1月18日-1995年11月4日
注2: フランスの哲学者、精神分析家。1930年4月30日-1992年8月29日


世界26カ国で実施される宮島達男の「柿の木プロジェクト」――絶望から再生へ に続く。


※この記事は「ベネッセアートサイト直島」からの転載です。

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プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

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