コラム

野菜の銃とヤギの世話? 現代アーティスト小沢剛の作品が秘めた意図とは?

2022年08月04日(木)11時10分
小沢剛

《ベジタブル・ウェポン―芋煮/福島》2012年

<テロや震災など複雑化する世界を背景に、さらなる進化を遂げる小沢剛の表現。人を惹きつける作品の内に込められた想いを、本人との対話をもとに読み解く。シリーズ後編>

小沢剛が挑んだ「ユーモアx社会批評」の試みとは から続く。

「9.11」、「3.11」を経て

21世紀に入り小沢が着手した新シリーズ「ベジタブル・ウェポン」は、冷戦終結後、かすかな平和への予感を感じさせた90年代の作品とは大きくトーンが異なる。

2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ直後に小沢のアメリカ行きがあったこともあり、旅や出会い、協働といったそれまでの制作法は踏襲しつつも、事件の影を色濃く反映して、戦うことの無意味さや平和への願いがより直接的なメッセージとなっている。

アジアの国々からアメリカ、欧州、アフリカ大陸など各地で出会った女性モデルが選んだ家庭料理の具材で銃を作り撮影した後、銃を解体・調理してプロジェクト参加者全員で食べるという一連のプロセスは、戦闘から対話へ、銃から食へという芸術を通した武装解除の試みであった。

さらに、小沢の創作に大きな影響を与えたのは、2011年の東日本大震災である。

架空の共同体プロジェクトとさらなる対話・交流・協働

小沢は、震災直後に、以前、展覧会に呼んでくれた福島の美術館学芸員に、何か自分に出来ることはないかと尋ねたことを契機に福島の人々とともに様々な対話や交流をしながら1年かけて一連の「ベジタブル・ウェポン」のプロジェクトを実施することになったが、その体験は、震災後、しばらくモノづくりが出来なかった小沢が、なんとか生き抜くことを可能にしてくれたものでもあったようだ。

2000年代以降、グループ活動もまたそれまでとは異なる展開となる。

2004年からは、小沢の声掛けで韓国のギムホンソック、中国のチェン・シャオションとのユニットである「西京人」の活動を開始。90年代の活動に特徴的な風刺やシニカルな笑い、ナンセンスさは残しつつ、デリケートな関係にある東アジア3国の作家3人で共に作品を制作するという、ユートピア的共同体の理想と現実の複雑さの中に敢えて挑むチャレンジングなプロジェクトだ。

その背景には、まさに90年代中盤からグローバル化が進み各国でビエンナーレやトリエンナーレといった大規模な国際展が開催されるようになり、欧米のキュレーターたちもアジアのアートに関心を持つようになっていった状況がある。

これらの国際展を通してアーティスト同士の交流が増えたことで、以前のような傍観者ではなく、地域によって異なる時代感覚や歴史観、文化の差異を意識しつつ、対話や交流、協働といったより多層的な制作プロセスに挑んで行くこととなった。

複雑な課題への芸術を介した新たなアプローチの模索

こうして、旅、歴史、他者の視点に、社会への直接的な関与やアジアとの関係、国の枠組みを超えた協働や文化間のずれが加わり、さらに映像、絵画、音楽などを組み合わせた総合芸術的形態へと発展させたのが、2005年に始まった「帰って来た」シリーズである。

プロフィール

三木あき子

キュレーター、ベネッセアートサイト直島インターナショナルアーティスティックディレクター。パリのパレ・ド・トーキョーのチーフ/シニア・キュレーターやヨコハマトリエンナーレのコ・ディレクターなどを歴任。90年代より、ロンドンのバービカンアートギャラリー、台北市立美術館、ソウル国立現代美術館、森美術館、横浜美術館、京都市京セラ美術館など国内外の主要美術館で、荒木経惟や村上隆、杉本博司ら日本を代表するアーティストの大規模な個展など多くの企画を手掛ける。

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

豊田織機の非公開化報道、トヨタ「一部出資含め様々な

ビジネス

中国への融資終了に具体的措置を、米財務長官がアジア

ビジネス

ベッセント長官、日韓との生産的な貿易協議を歓迎 米

ワールド

アングル:バングラ繊維産業、国内リサイクル能力向上
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは? いずれ中国共産党を脅かす可能性も
  • 3
    トランプ政権の悪評が直撃、各国がアメリカへの渡航勧告を強化
  • 4
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 5
    アメリカ鉄鋼産業の復活へ...鍵はトランプ関税ではな…
  • 6
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 7
    関税ショックのベトナムすらアメリカ寄りに...南シナ…
  • 8
    ロケット弾直撃で次々に爆発、ロシア軍ヘリ4機が「破…
  • 9
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 10
    ビザ取消1300人超──アメリカで留学生の「粛清」進む
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?...「偽スーパーフード」に専門家が警鐘
  • 3
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 4
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    『職場の「困った人」をうまく動かす心理術』は必ず…
  • 8
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 9
    「100歳まで食・酒を楽しもう」肝機能が復活! 脂肪…
  • 10
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story