コラム

企業に経済制裁を強要すべきではない

2022年03月05日(土)15時54分

中国で2005年に歴史認識問題をめぐって反日デモが起きたときや、2012年に日本政府が尖閣諸島を国有化した時、現地の日系企業が攻撃のターゲットとなり、日本製品の不買運動や日系スーパーの破壊、日系ブランドの自動車オーナーに対する嫌がらせ等の事件が起きた。日系企業は、現地で大勢の中国人を雇用し、中国の人々に役立つ製品やサービスを届けるために日々奮闘しているのに、なんと理不尽な攻撃だろうと思った。

ロシアの日系企業も、ロシア人を雇用し、ロシアの人々に製品・サービスを供給する活動をすることは、それが戦争とは無縁の事業である限りは堂々と継続すべきだと思う。企業は経済制裁の主体となるべきではない。経済制裁は政府の行為であり、日本政府は日本国内の法人に経済制裁の政策に従わせる権限はあっても、ロシアにある日系企業の法人に従わせる権限はない。

日本企業のなかでロシアに最も深く根をおろしているのは、筆者の知る限り、日本たばこ産業株式会社(JT)である。JTの2020年の報告書によると、ロシアのタバコ市場におけるJTのシェアは38.4%に及んでおり、フィリップ・モリス・インターナショナルやBATを抑えて第1位である。これはJTが1999年にアメリカのRJRI、2007年にイギリスのギャラハーというタバコメーカーを買収したことによって、ロシアで人気がある「ウィンストン」「LD」などのブランドを獲得したためである。JTはロシアに4つの工場を持ち、現地生産・現地販売の態勢を築いているため、目下事業に支障は出ていないという(ロイター、2022年3月3日)。

企業に制裁を強要するな

万が一、JTがロシア事業から撤退する事態になった場合、タバコ工場の操業に日本人が不可欠ということもないだろうから、工場を現地資本が買い取って操業を継続することになるだろう。ロシアでタバコが入手困難になるといった「効果」が出ることもなく、ただJTが損失を被るだけである。そんな無意味な「制裁」を外部が強要すべきではない。

繰り返して言うが、ロシアは非道な戦争を一日も早くやめるべきである。だが、戦争当事国のロシアで事業を行うことは、兵器や爆薬やその材料を作っているのでなければ、企業倫理に反することではないし、日本企業が経済制裁をするよう外野が圧力をかけるべきでもない。むしろ、ロシアの日系企業が日本の手先のように動くことを強要することは、グローバリゼーションの大前提を崩すことになり、大きな禍根を残すことになる。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story