コラム

「中国標準2035」のまぼろし

2022年02月07日(月)06時00分
習近平

「中国標準2035」は存在しない。標準化戦略も日本人が考えるより「開放的」だ  Carlos Garcia Rawlins-REUTERS

<日本が進める日本技術の国際標準化支援策は勘違いだらけ。中国の戦略を完全に読み違えている>

2年ほど前から日本経済新聞などで、中国政府が「中国標準2035」という政策を進めているという報道がたびたびなされている。今年に入っても、例えば1月5日付の『日経産業新聞』は、「中国政府は...(中略)...中国企業による技術の国際標準化を目指す『中国標準2035』を力強く推進している」と書いている。

こうした記事を目にするたびに私は困惑する。私は中国の経済紙2紙を取り寄せて中国の産業政策や技術政策の動向を丁寧にウォッチしているつもりでいたが、「中国標準2035」には気づかなかった。日経の記者は「力強く推進している」と断言しているが、私はそんな戦略を見たことも聞いたこともない。私の目が節穴だったということだろうか......。

そこで、このほど意を決して「中国標準2035」について調べてみた。その結果わかったことは、そんな政策など存在しない、ということである。

正確に言えば、中国政府の一部局である国家標準化管理委員会が、工学の学術団体である中国工程院とともに「中国標準2035」という名の標準化の綱領を作ろうとしていた。2018年1月にそうした研究プロジェクトを進めていることが明らかにされたが、2020年1月に国家標準化管理委員会のウェブサイト上で、「中国標準2035」の研究プロジェクトを終了し、新たに「国家標準化発展戦略研究」という名のプロジェクトを始めると発表している。

2020年1月にお蔵入りした研究

そして、2021年10月に中国共産党中央委員会と国務院の名義で「国家標準化発展綱要」が公布されている。つまり、「中国標準2035」は2020年1月にお蔵入りし、代わりに「国家標準化発展綱要」が作られたのである。

そうした経過は国家標準化管理委員会のウェブサイトを見れば明らかであるのに、2022年1月になってもいまだに「中国標準2035」が推進されていると書いているのは、はっきり言って誤報である。もはや「中国標準2035」が出てくるぞとオオカミ少年のごとく繰り返すのではなく、「国家標準化発展綱要」の中身を検討すべきであろう。もっとも、そこに「中国企業による技術の国際標準化を目指す」と書いてあるかというと、そんなことは一言も書いていないのである。

「国家標準化発展綱要」のポイントは、政府主導の標準づくりから、市場との対話を重視する方向に転換すること、標準化を産業だけでなく経済社会の全般に広げていくこと、国内と国際の双方向で標準化を促進することなどである。そして、綱要の大半は、どのような分野において標準化を進めなければならないかを、科学技術、産業、環境、都市・農村建設という4つの大項目に整理して列挙している。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

メキシコ大統領、強制送還移民受け入れの用意 トラン

ビジネス

Temuの中国PDD、第3四半期は売上高と利益が予

ビジネス

10月全国消費者物価(除く生鮮)は前年比+2.3%

ワールド

ノルウェーGDP、第3四半期は前期比+0.5% 予
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 5
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 10
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 10
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story