QRコードの普及と「おサイフケータイ」の末路
結局、QRコードのほうがさまざまな分野への応用可能性や国際性、コストの安さにおいてFeliCaより優れている。FeliCaの強みは0.1秒という反応速度の速さである。これはFeliCaの開発に関わったJR東日本が、通勤ラッシュ時の改札を想定してソニーに求めた技術的条件であった。ただ、世界ではFeliCaよりも反応速度は遅いがより安価なType A/Bと呼ばれる非接触ICカードの方が普及している。例えば北京市、ソウル市、ロンドン市などの交通カードはType Aの非接触ICカードを採用している。さらに今年1月から中国の西安市の地下鉄ではQRコードをかざして改札を通過できるようになったという。Type AやQRコードの反応速度はFeliCaよりも遅いはずだが、世界にはそれぐらいの反応速度で構わないと思う人のほうが多いのである。
ただの模様がハイテクに勝った理由
仮に、私が予想するように日本でもQRコードを利用したスマホ・マネーが今後広がり、「おサイフケータイ」やFeliCaは交通機関ぐらいでしか使われなくなるとすれば、これはイノベーションというものを考えるうえで格好の材料となる。
イノベーションというのは、先端的な科学技術を開拓して、高付加価値の製品を作り出すことだ、と思っている人は多い。非接触ICカードが登場した初期の1997年に開発され、反応速度が速いFeliCaだとか、それを世界で初めて携帯電話に搭載した「おサイフケータイ」はこのイメージにぴったり当てはまりそうである。
一方、QRコードは、もともと20文字分の情報しか作れないバーコードの限界を超えるために2次元にすることで情報量を増やしたいとの動機で1994年に開発され、最初に使われたのは自動車部品工場における部品箱の「カンバン」としてであった(「QRコード道のり」qrcode.com)。開発時期はFeliCaより前で、技術的にみれば単なる模様である。チケットやスマホ・マネーに応用されるようになろうとはおそらく開発者たちも想像していなかったに違いない。
ところが、どうみてもFeliCaよりローテクだと思われるQRコードがFeliCaを圧倒的に凌駕する大きな市場を生み出した。私見によれば、イノベーションとは、技術と市場とを結びつけることで大きな経済価値を生むことだから、むしろQRコードこそ一大イノベーションを生み出した技術だといえる。
一見するとQRコードとFeliCaは競合関係にないように見えるが、両者ともデジタル情報を記録し、短時間で伝達するための媒体である。つまり、かたや模様、かたやICと、技術アプローチは異なるものの、果たす機能は同じである。技術アプローチの違いは両者に決定的なコスト差を生み出した。QRコードはほぼタダである。それは開発者のデンソーが特許は保有するものの、権利行使をしないと決めたからでもある。
ハイテクを開発したからといって必ずイノベーションが起きるというものではなく、むしろ古い技術であっても応用の仕方によっては大きなイノベーションをもたらしうる。なんといっても低コストであることは大きな強みだ。QRコードと「おサイフケータイ」の物語からそのようなレッスンを引き出せるように思われる。
EVと太陽電池に「過剰生産能力」はあるのか? 2024.05.29
情報機関が異例の口出し、閉塞感つのる中国経済 2024.02.13
スタバを迎え撃つ中華系カフェチェーンの挑戦 2024.01.30
出稼ぎ労働者に寄り添う深圳と重慶、冷酷な北京 2023.12.07
新参の都市住民が暮らす中国「城中村」というスラム 2023.11.06
不動産バブル崩壊で中国経済は「日本化」するか 2023.10.26
「レアメタル」は希少という誤解 2023.07.25