コラム

宝山鋼鉄-武漢鋼鉄の大型合併で中国鉄鋼業の過剰設備問題は解決へ向かうのか

2016年10月11日(火)16時20分

 大型鉄鋼企業の経営効率が悪いとすれば、中国政府は本来退出すべき企業たちに対して一生懸命に生産能力の拡大を促し、金融面でも支援していることになります。こうした政策こそが生産能力過剰をもたらした元凶といえましょう。

 渤海鋼鉄集団はそうした産業集約化政策の矛盾を体現している企業です。この企業は2010年に天津市政府が傘下にあった国有鉄鋼メーカー4社を合併することで成立しました。2009年に政府が出した「鉄鋼産業調整・振興計画」のなかで粗鋼生産能力が1000-3000万トン規模の大型鉄鋼メーカーを育成すると書かれていましたが、天津市傘下の4社の生産能力はいずれも1000万トン以下だったので、天津市は4社を合併することで育成対象に仕立て上げたのです。

 合併が単なる数合わせであればまだよかったのですが、渤海鋼鉄集団は鉄鋼メーカーの巨大化を目指す政府の意向に従って、銀行から借金したり社債を発行したりして資金を集めて積極的な生産能力の拡大に乗り出したのです。その結果、渤海鋼鉄集団は2015年の粗鋼生産では世界18位、中国のなかでは9位の大型国有鉄鋼メーカーになりましたが、現在1920億元(約3兆円)もの債務の返済に行き詰り、債権者との間の債務整理の交渉が泥沼化しています。

宝武鋼鉄集団の生き残り策

 こうした合併失敗の先例を考えると、宝山鋼鉄と武漢鋼鉄の合併が成功するかどうかも怪しいと言わざるを得ません。合併によって巨大メーカーを作り、中小メーカーを淘汰するという戦略は、もし巨大メーカーの経営効率が中小メーカーより低ければ、うまくいくわけがないのです。ここで思い切った発想の転換を行い、棒鋼などの低付加価値品ではむしろ中小メーカーのほうが競争力が高いことを認めるべきだと思います。宝山鋼鉄や武漢鋼鉄のような大型企業は中小メーカーと競争するのではなく、むしろいかに棲み分けるかを考えるべきでしょう。幸いにして宝山鋼鉄は自動車用鋼板や家電用鋼板、武漢鋼鉄は電磁鋼板など、中小メーカーには作れないタイプの鋼材が作れます。こうした高付加価値品に力を集中して収益力を高めれば、合併後の「宝武鋼鉄集団」が生き残る可能性が出てくるでしょう。

 2015年には武漢鋼鉄が75億元の赤字、宝山鋼鉄がわずか7億元の黒字でしたので、両者を単純に合算しただけでは宝武鋼鉄集団はやがてつぶれてしまいます。合併後に中小メーカーと競争したら負けてしまうような品目の生産能力を思い切ってカットし、粗鋼生産量世界第2位というポジションを他に明け渡してでも高収益事業への集中を行うことができれば宝武鋼鉄集団が生き残る可能性が高まりますし、中国鉄鋼業の過剰生産能力の解消にも益するでしょう。逆に、宝武鋼鉄集団が世界第2位のポジションを堅持しようとして生産能力の拡張を追求するならば、過剰生産能力の問題をいっそう悪化させ、企業自体の経営も悪化するでしょう。中国政府が誤った産業集約化政策を堅持しているなかでは後者に転ぶ可能性も小さくないと思います。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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