コラム

「文革の被害者」習近平と、わが父・李正平の晩年を思って

2016年06月01日(水)21時21分

「文革の被害者」だった私だが、日本に来て初めてその害を知ったといってもいいだろう。1000年前の芸術が残されている京都を見れば、歴史遺産を破壊して回った文革の罪がどれほど深刻だったかよくわかる。日本に来た翌年には、天安門事件が起こり、当時の私は学校とアルバイトで忙しい日々を送っていたが、それでも中国の体制がどれほど深刻な問題を抱えているのかを痛感した。

 一方、習先輩はというと、総書記になった後は一身に権力を集め、江沢民元総書記、胡錦濤前総書記以上の権力を手にしている。従来は9人の政治局常務委員(習近平体制から7人に減少)が最高指導部とされていたが、今では総書記1人に絶大な権力が集中しているような状況だ。しかも習近平総書記を神格化するような個人崇拝の動きまでちらほらと見られており、「文革の再来」とまで伝えられている。

【参考記事】歴史を反省せずに50年、習近平の文化大革命が始まった

文化大革命で真っ当な教育を奪われた人たち

 中国共産党の公式評価では「毛沢東は7割の功績、3割の失敗」となっている。だがそもそも毛沢東の失敗は文革だけではない。財産公有化、計画経済による大躍進政策の失敗など、文革以前からその統治の多くは失敗続きだった。文革発動から50周年という節目の今年こそ徹底的に総括するチャンスだったが、残念ながらそうした動きは見られない。

 文革が始まって50年、終結してから約40年が過ぎている。今さら目くじら立てて総括する必要はあるのかと思われるかもしれない。しかし文化大革命が残した負の遺産はまだ消え去っていない。

【参考記事】中国が文革の悪夢を葬り去れない理由

 近年、「毛沢東左派」と呼ばれる文化大革命礼賛派が中国で存在感を示しているらしい。若者もいるが、多くは文革時代を実際に体験した老人たちだ。文革を知らない若者たちが知りもしないでありがたがっているのならまだわかるが、あの辛く厳しい時代を生きた人々にも間違いに気づいていない人がいるのだ。

 私の父もそうだった。1976年に四人組が打倒され、文革は実質的に集結するが、それでも父は理想は正しかったと信じていた。それどころか、いつか四人組が実権を回復するかもしれないと信じ、夜な夜な同志と話し合っていたのだった。

 父は1992年、63歳で死去したが、最後は仏教にはまり、霊験あらたかだと有名なお寺に大金を喜捨して、病気を治すための祈祷に出向いていて死亡した。病没前には毛沢東の理想というカルトからは抜け出していたのかもしれないが、そのかわりに怪しげな宗教という別のカルトにはまっていたのだった。

「毛沢東左派」の老人たちも同じだろう。文化大革命という混乱の時代に青春を過ごし、真っ当な教育を奪われた人たちが真っ当な考えを持つことはきわめて困難なのだ。文化大革命が残した負の遺産は今も中国を強く呪縛し続けている。

プロフィール

李小牧(り・こまき)

新宿案内人
1960年、中国湖南省長沙市生まれ。バレエダンサー、文芸紙記者、貿易会社員などを経て、88年に私費留学生として来日。東京モード学園に通うかたわら新宿・歌舞伎町に魅せられ、「歌舞伎町案内人」として活動を始める。2002年、その体験をつづった『歌舞伎町案内人』(角川書店)がベストセラーとなり、以後、日中両国で著作活動を行う。2007年、故郷の味・湖南料理を提供するレストラン《湖南菜館》を歌舞伎町にオープン。2014年6月に日本への帰化を申請し、翌2015年2月、日本国籍を取得。同年4月の新宿区議会議員選挙に初出馬し、落選した。『歌舞伎町案内人365日』(朝日新聞出版)、『歌舞伎町案内人の恋』(河出書房新社)、『微博の衝撃』(共著、CCCメディアハウス)など著書多数。政界挑戦の経緯は、『元・中国人、日本で政治家をめざす』(CCCメディアハウス)にまとめた。

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