コラム

パリ五輪のこの開会式を、なぜ東京は実現できなかったのか?

2024年07月28日(日)11時34分

闘病中のセリーヌ・ディオンが歌った「愛の讃歌」

競技会場を分散配置させることは近年の五輪運営における定石だが、開会式の舞台が分散配置されたのは初めてだ。警備上の難点を乗り越え、五輪開会式という世界で最も注目を集めるイベントで開催都市パリの魅力をふんだんに伝えたのだ。都市プロモーションのケースとしては成功事例ということになるだろう。

次に、演出の革新性も際立っていた。「オペラ座の怪人」の映像から始まったかと思うと、レディー・ガガの「羽飾りのトリック」熱唱が響き渡り、ムーラン・ルージュの現役踊り子がフレンチカンカンを踊る。フランス革命期の「レ・ミゼラブル」の映像が流れ、シテ島のコンシェルジュリ(旧監獄)の窓からマリー・アントワネットが自らの首を抱えて登場したかと思うと、メタルバンド「ゴジラ」が革命歌を奏でる。

愛についての本を読んでいた3人組が図書館を飛び出しアパートで愛を交わすかと思わせておいて、ゴールドの衣装に身を包んだアヤ・ナカムラがアフロポップ曲「ジャジャ」を歌い、ルーブルから盗み出だされた「モナリザ」が川に浮かぶ一方で、シモーヌ・ヴェイユらこれまでに活躍してきた女性の銅像がそそり立つ。

こうした構成はカオス的であり、ちょっと油断すると野放図な馬鹿騒ぎ、トリコロールな「セーヌの乱痴気」で終わりかねない。しかし、今回の開会式で芸術監督を務めたトマ・ジョリー(42)は、ほとばしるような「多様性」の表現を「愛」という概念で包摂して祝祭的空間にまとめ上げることにある程度、成功したように思える。

いわばダイバーシティの爆発的な称揚がなされた訳であるが、同時に、フランス共和国の理念である自由(リベルテ)・平等(エガリテ)・博愛(フラテルニテ)の「物語」が丹念に描かれていたことが殊の外効果的で、全体としての統一感が損なわれない程度の仕上がりを見せていたと言えるのではないか。

レディー・ガガやセリーヌ・ディオンといったフランスと直接的な関係があるとは言えないグローバルなスーパースターを起用する一方で、ギリシア神話のディオニュソス神に扮したフィリップ・カトリーヌ(フランスの著名歌手)を登場させるなど、攻めと守りのバランスも上手に保たれていた。

そして何よりもラストが素晴らしかった。スティッフパーソン症候群と闘うセリーヌ・ディオンが、エッフェル塔でエディット・ピアフの「愛の賛歌」を歌いあげる構成は、演出としては最高に近いものだったと言うべきだろう。

ここで、どうしても想起せざるを得ないのが2021年の東京五輪の開会式だ。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン最高指導者、トランプ氏の攻撃警告に反発 「強

ビジネス

GPIF、25年度以降も資産構成割合維持 国内外株

ビジネス

フジHD、中居氏巡る第三者委が報告書 「業務の延長

ビジネス

米利下げは今年3回、相互関税発表控えゴールドマンが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story