コラム

千葉県知事選挙でなぜ自民は衝撃的敗北を喫したのか

2021年03月24日(水)20時00分

熊谷俊人氏はNTTコミュニケーションズを経て、2007年に民主党から立候補して千葉市議に就任、2009年には、収賄容疑で逮捕された千葉市長の後任を決める選挙に立候補し、31歳の若さで当選を果たしている。「清新」なイメージ、「IT に強い」というイメージを維持しながら、千葉市長として既に11年以上の実績と知名度があった。県議3期の実績がある自民党推薦候補も優秀な人材だったが、新しい千葉の「顔」としてのハマり度合いは及ばなかった。

もう1つ、自民党系候補の選出過程を巡る忌避感もあろう。もともと3期12年続いていた森田健作前知事の長期施政に対する「飽き」感があった。気さくな人柄で人気を誇っていた森田前知事だが、2019年9月の台風15号への災害対応が強く批判され、4期目出馬を断念。その代わりに、千葉県連が擁立を検討したのが習志野市出身の鈴木大地・前スポーツ庁長官だった。

しかし、森喜朗オリパラ組織委員会会長(当時)が、「保守分裂選挙の泥沼に放り込んだら無残なことになる」と説得して、鈴木大地出馬説は消えた。いま思うと、森氏は見事に選挙結果を見抜いていたことになるが、自民党系候補の選出過程における密室性に対する忌避感と県連政治への不信が、自民支持層の6割が熊谷候補に投票する結果をもたらしたとも言えよう。

今回の選挙結果を受けて、自民党千葉県連の河上茂幹事長は辞任する意向を表明している。他方で、熊谷氏を支援した石井準一参議院議員(自民党参議院幹事長代理)の存在感は明らかに増した。千葉県政界の重心と自民党参議院における力学も変化しそうな気配だ。

今回の選挙で、もし共産党が独自候補を出さずに熊谷候補支援に回っていたら、単純計算で熊谷氏の得票は150万票を超えていたはずだ。4月25日には衆議院北海道2区、参院長野選挙区の補選、参議院広島選挙区の再選挙が控えている。政府自民党にとって、2月以降に相次いで問題となった総務省接待事件の影響がどれくらい大きかったのかも含めて、敗因の分析と対策は喫緊の課題となろう。4月8日に予定されている総理訪米後の早期解散説が囁かれ始めた中、首都近郊の千葉で自民系候補が100万票差の大敗を喫したという事実は、菅総理の解散・総選挙戦略に大きな影響を与えるだろう。

二階幹事長「他山の石」発言も炎上

広島をめぐっては、公職選挙法違反で裁判中の河井克行衆議院議員に関して、二階俊博幹事長が3月23日、「他山の石として、対応していかねばならない」と発言したことに批判が殺到している。まるで「他人事」のような発言で、無責任だという批判だ。

とはいえ、「他山の石」はもともと詩経の「他山の石以て玉を攻(おさ)むべし」から来た格言で、「他人」の良くない言動も自らの人格を陶冶する助けになるというのが本来の意味だ。自分と他人を分かつ基準が「人格」なのか「組織」も含めるのか見解は別れようが、「人のふり見て我がふり直せ」と同じ意味だとするならば、批判があたっているかは微妙なところとも言える。

今回の千葉県知事選挙は「保守分裂の泥沼」の結果でもある。それを、「他山の石」として真摯に受け止めることができるかが、緊急事態宣言解除とコロナワクチン接種開始で支持率が回復基調にあるものの、いずれは選挙の洗礼を浴びる政権・与党に問われている。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

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