コラム

総務省接待事件:NTT社長の老獪答弁と東北新社社長が残した「火種」

2021年03月17日(水)20時00分

「資料を持ってきてないので答えられない」

外資規制違反を糊塗するための事業承継だったのか否かは、現時点では不明である。東北新社が報告・相談したという事実ですら、総務省の情報流通行政局総務課長(現電波部長)が予算委員会で「記憶にございません」という答弁を繰り返した。総務省が設置した第三者による「情報通信行政検証委員会」が17日から始動したが、どこまで事案の解明に切り込めるだろうか。

放送法の外資規制は、国民的財産である公共電波の有限性や、放送が言論報道を担う役割の重大性から許容されており、わが国では地上波だけでなく、衛星放送についても導入されている。実際には外資による株式保有数が20%を超えている放送局もあるが、株主名簿への記載(名義書換)拒否という手法によって、議決権ベースで20%を超えないというルールが遵守されている(ちなみに日本戦略研究フォーラム政策提言委員の平井宏治氏の指摘によれば、このルールは2017年9月25日付局長通達によって導入されたという。東北新社案件の処理と同じタイミングだが、関連性は不明である)。

近年では、安全保障の観点からも、放送メディアに対する外国の影響力排除は重大な課題になっている。例えば、イギリス放送通信庁は2021年2月4日、中国の国営メディアである中国中央電視台(CCTV)が所有・運営する多言語テレビ「中国環球電視台」(CGTN)が実質的には中国共産党に支配されているとして、放送免許を取り消している。これに対して中国は2月11日、イギリスBBCの中国国内での放映を禁止する報復措置に出た。ウイグルや香港などでの人権問題を巡って、国益の衝突が放送免許の付与に直結する時代だ。

外資による土地取得も問題視されている。政府は今国会で「重要土地等調査法案」を成立させようとしている。これは、自衛隊基地の周辺や国境の離島など、安全保障上重要な土地を外資が取得することに一定の制約をかけるもので、土地取得者の氏名や国籍、利用状況の実態を調査する権限を政府に付与するものだ。広範に及ぶ私権制限だとして反対する意見も根強く、今国会で成立するか不透明なところがあるが、水源地を中国資本が買い占めるのではないかと懸念する声も高まっている中、いずれ成立することになろう。

放送における外資規制も同じように重要な問題だ。総務省情報流通行政局における気の緩み、事務処理上のミスで済む問題ではない。

15日の参議院予算委員会で「どこの国の企業・個人(が株主)なのか」と問われた東北新社・中島社長は「資料を持ってきてないので、お答えできない」と回答した。事の重大性を理解できていない、上場企業の社長として真相解明にハングリーに貢献する責任感が欠けていると言われても仕方がない。どうしても答えたくない、答えられない事情があったのかもしれないが。

プロフィール

北島 純

社会構想⼤学院⼤学教授
東京⼤学法学部卒業、九州大学大学院法務学府修了。駐日デンマーク大使館上席戦略担当官を経て、現在、経済社会システム総合研究所(IESS)客員研究主幹及び経営倫理実践研究センター(BERC)主任研究員を兼務。専門は政治過程論、コンプライアンス、情報戦略。最近の論考に「伝統文化の「盗用」と文化デューデリジェンス ―広告をはじめとする表現活動において「文化の盗用」非難が惹起される蓋然性を事前精査する基準定立の試み―」(社会構想研究第4巻1号、2022)等がある。
Twitter: @kitajimajun

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story