コラム

ウクライナ南部のダム破壊、国際法違反の卑劣な攻撃で「得をした」のは誰か...「反転攻勢」への影響は?

2023年06月07日(水)18時50分
洪水を起こしたウクライナのドニプロ川

ダムが破壊され、洪水を起こしたドニプロ川(6月6日) Ivan Antypenko-Reuters

<ドニプロ川に設置され「カホフカ海」と呼ばれるほど広大な貯水池が破壊された。ロシア・ウクライナは互いに相手の責任と主張しているが...>

[ウクライナ中部クリヴィー・リフ発]ウクライナ南部ヘルソン州のドニプロ川に設置されたカホフカ水力発電所ダムが爆破されたため、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は6日、国家安全保障・国防評議会の緊急会合を開いた。同日午前2時50分ごろ、ロシア軍がダムを内部から爆破したという。ロシア側はウクライナ軍の破壊工作と主張した。

【動画】海のように広大なカホフカダムから大量の水が流出する様子と、下流の町を洪水が襲う瞬間

ロシア軍が埋設した地雷が流出し、露出する恐れもある。ダムで堰き止められたカホフカ貯水池は「カホフカ海」と呼ばれるほど広大で、対岸が見えない場所もある。ロイター通信によると、ダムの水量は米ユタ州にあるグレートソルト湖に匹敵する。カホフカ水力発電所ダムはソ連時代に建設された。ドニプロ川沿いにある6つのダムのうちの1つだ。

ウクライナの水力発電所規制機関は、ロシア軍がエンジンルーム内で爆発物を起爆させることによってダムを破壊したと発表した。同機関は「カホフカ貯水池から1時間に15~20センチメートルの割合で水が流出しており、今後4日間で貯水池は完全に枯渇することを意味する」と指摘している。

ウクライナ大統領府の発表では、大量の水が放出され、最大80の集落が洪水の危険にさらされている。民間人や軍人の死傷者は報告されていない。流域の最大4万2000人が避難する必要があり、カホフカ貯水池に依存している集落に飲料水を供給する必要がある。少なくとも150トンの機械油がドニプロ川に流れ込み、さらに300トン以上漏出する恐れがある。

民間人に危険を及ぼすため戦争でダムを標的にするのは禁止

ジュネーブ条約は、民間人に危険を及ぼすため戦争でダムを標的にすることを明確に禁止している。このためウクライナ国家安全保障・国防評議会は「ダムの破壊は明らかなジュネーブ条約違反だ。国連安全保障理事会の招集、国際環境団体や国際刑事裁判所への提訴など一連の措置をとる」とロシアを厳しく非難している。

カホフカ貯水池はザポリージャ原子力発電所の水源になっているため、原発職員はいかなる事態にも対処できる態勢をとった。冷却材である水の供給が途絶えると福島第一原発と同じような危険な状態に陥る恐れがある。しかし国際原子力機関(IAEA)は「カホフカ貯水池の水位低下は直ちに原子力安全上のリスクはない」と暴走リスクを打ち消した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米求人件数、10月は予想上回る増加 解雇は減少

ワールド

シリア北東部で新たな戦線、米支援クルド勢力と政府軍

ワールド

バイデン氏、アンゴラ大統領と会談 アフリカへの長期

ビジネス

韓国政府「市場安定に向け無制限の流動性を注入」、ウ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
特集:サステナブルな未来へ 11の地域の挑戦
2024年12月10日号(12/ 3発売)

地域から地球を救う11のチャレンジと、JO1のメンバーが語る「環境のためできること」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    健康体の40代男性が突然「心筋梗塞」に...マラソンや筋トレなどハードトレーニングをする人が「陥るワナ」とは
  • 2
    NewJeansの契約解除はミン・ヒジンの指示? 投資説など次々と明るみにされた元代表の疑惑
  • 3
    NATO、ウクライナに「10万人の平和維持部隊」派遣計画──ロシア情報機関
  • 4
    スーパー台風が連続襲来...フィリピンの苦難、被災者…
  • 5
    シリア反政府勢力がロシア製の貴重なパーンツィリ防…
  • 6
    なぜジョージアでは「努力」という言葉がないのか?.…
  • 7
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 8
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 9
    「92種類のミネラル含む」シーモス TikTokで健康効…
  • 10
    赤字は3億ドルに...サンフランシスコから名物「ケー…
  • 1
    BMI改善も可能? リンゴ酢の潜在力を示す研究結果
  • 2
    エリザベス女王はメーガン妃を本当はどう思っていたのか?
  • 3
    リュックサックが更年期に大きな効果あり...軍隊式トレーニング「ラッキング」とは何か?
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    メーガン妃の支持率がさらに低下...「イギリス王室で…
  • 6
    ウクライナ前線での試験運用にも成功、戦争を変える…
  • 7
    「時間制限食(TRE)」で脂肪はラクに落ちる...血糖…
  • 8
    黒煙が夜空にとめどなく...ロシアのミサイル工場がウ…
  • 9
    エスカレートする核トーク、米主要都市に落ちた場合…
  • 10
    バルト海の海底ケーブルは海底に下ろした錨を引きず…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 7
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
  • 10
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story