コラム

テクノロジーでスポーツは激変...それでもメッシは、「主役はやはり人間」と証明した

2022年12月22日(木)18時18分

「このゲームを見ている人でオフサイドだと思う人は世界中にいない」。カタールのキーパーが飛び出していたことや密集になっていたことが状況を非常に分かりにくくしていたが、VARはエクアドル選手の右足の膝から下がオフサイドラインより前に出ていたことを見逃さなかった。

VARで判定が覆ったケースに関して国際サッカー連盟(FIFA)の説明不足が指摘された。テレビ局やSNSを通じてVARの映像を即時に公開し、判定が維持された理由、覆った理由をそれぞれ分かりやすく伝えていく努力が今後さらに求められる。マシーンを絶対視することは逆にマシーンへの不信を募らせる。

AIで再現される3Dのゴールシーン

筆者がインターネットを通じて主宰していたメディア塾の参加者とドーハで再会した。腕利きのスポーツフォトグラファーに成長していた彼はスタジアムに配置された12台の追跡カメラのデータをもとに再現される3Dのゴールシーンについてこんな不安を漏らした。「サッカーのクライマックスはなんと言ってもゴールシーンです」と言う。

「プロのフォトグラファーとは言っても国際スポーツ大会ではメディアによって序列が決まっています。写真は場所取りがすべてと言って良いほどですから、いくら腕が良くても絶好の撮影場所をもらったフォトグラファーには勝てません。ゴール裏にリモートコントロールできるカメラを設置したとしてもフォトグラファーの目は2つか、3つです」

「3Dでゴールシーンを再現できるような12の目を持つシステムに勝てるわけがありません。将来、システムが自動的に撮影した無数の画像や映像からデスク(編集者)が一番良いのを選ぶ時代がもうそこまで来ていることを実感しました」と彼は話した。筆者は「世界の共通言語は英語ではなく、エモーション(感情)と教えてもらったことがある」と返した。

AIやビッグデータなど最先端テクノロジーにも弱点がある。いくら無数のデータを集めても、一つひとつのデータが持つコンテクスト(文脈、状況)まで正確に把握するのは難しい。将来、人間の不合理な感情まで理解するAIが現れるのかもしれないが、今のところ私たちは人間の感情にフォーカスする以外、マシーンに勝てるポイントはないだろう。

コンピューターに物体を視覚的に認識させるのは難しい

コンピューターに物体を視覚的に認識させることは簡単なように見えて実は難しい。たとえば鳥を認識させようとすれば、コンピューターに写真を入力し、あるピクセルのパターンが鳥だと教えればいい。しかし鳥は飛び回ったり、飛び跳ねたり、動いたりするためピクセルのパターンは写真を撮るたび変幻自在に変化する。そこにコンテクストが介在する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

フジ・メディアHD、業績下方修正 フジテレビの広告

ビジネス

武田薬、通期の営業益3440億円に上方修正 市場予

ビジネス

ドイツ銀行、第4四半期は予想以上の減益 コスト削減

ビジネス

キヤノン、メディカル事業で1651億円減損 前12
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ革命
特集:トランプ革命
2025年2月 4日号(1/28発売)

大統領令で前政権の政策を次々覆すトランプの「常識の革命」で世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 3
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? 専門家たちの見解
  • 4
    トランプのウクライナ戦争終結案、リーク情報が本当…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    東京23区内でも所得格差と学力格差の相関関係は明らか
  • 7
    今も続いている中国「一帯一路2.0」に、途上国が失望…
  • 8
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 9
    ピークアウトする中国経済...「借金取り」に転じた「…
  • 10
    フジテレビ局員の「公益通報」だったのか...スポーツ…
  • 1
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果が異なる【最新研究】
  • 4
    日鉄「逆転勝利」のチャンスはここにあり――アメリカ…
  • 5
    緑茶が「脳の健康」を守る可能性【最新研究】
  • 6
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
  • 7
    DeepSeekショックでNVIDIA転落...GPU市場の行方は? …
  • 8
    「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由
  • 9
    血まみれで倒れ伏す北朝鮮兵...「9時間に及ぶ激闘」…
  • 10
    煩雑で高額で遅延だらけのイギリス列車に見切り...鉄…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のアドバイス【最新研究・続報】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 6
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 7
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 8
    中国でインフルエンザ様の未知のウイルス「HMPV」流…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    戦場に「杖をつく兵士」を送り込むロシア軍...負傷兵…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story