コラム

早くも破綻したトラス英首相の「富裕層のための減税」政策は、日本経済の近未来像か

2022年09月28日(水)12時01分
スターマー労働党首

英最大野党・労働党大会で演説するキーア・スターマー党首(27日筆者撮影)

<野党・労働党は「政府は経済のコントロールを失い、ポンドを暴落させた」と痛烈批判。「トリクルダウン」経済学はやはり機能しない?>

[英イングランド北西部リバプール発]リズ・トラス英首相の大規模減税で通貨ポンドが歴史的な水準まで暴落する中、最大野党・労働党のキーア・スターマー党首は27日、リバプールで開かれている年次党大会で演説し、「金利やインフレ率は上昇し、借金は増加する。政府は英国経済のコントロールを失い、ポンドを暴落させた」と批判した。

在位70年に及んだエリザベス女王死去の喪が明けた英国を待ち受けていたのは、財源なしで大規模な恒久減税を強行するトラス氏の経済政策「トラスノミクス」に対する市場の厳しい洗礼だった。高騰するエネルギー費対策として1500億ポンド(約23兆2900億円)、500億ポンド(約7兆7600億円)の恒久減税に市場は一斉にポンド売りに走った。

トラスノミクスは1980年代にロナルド・レーガン米大統領やマーガレット・サッチャー英首相が提唱したトリクルダウン(滴り落ちる)経済学による。政府は富裕層や企業に対し減税を行って成長を促す。税率が低ければ銀行は融資を増やし、起業や投資が拡大する。経済のパイが大きくなれば、富裕層や企業が受ける恩恵が労働者にも行き渡るという理論だ。

国際通貨基金(IMF)は「貧困層と中間層の所得シェアを増やすと成長率が高まる。上位20%の所得シェアを増やすと逆に成長率が低下する。金持ちがさらに金持ちになると、その恩恵は全体に行き渡らない」とトリクルダウン経済学を否定している。ジョー・バイデン米大統領も「トリクルダウン経済学にはうんざり。それは全く機能しない」とツイートした。

一生懸命働いても家族に安心感すら与えられない

トラス氏が富裕層減税を正当化するために持ち出した「トリクルダウン」にバイデン氏(米民主党)が反応したのは、不倶戴天の敵ドナルド・トランプ前米大統領(米共和党)がトリクルダウン経済学の信奉者だからだ。再選を占う中間選挙が近づいているだけに、いくら特別関係にある同盟国、英国の首相トラス氏の発言でも看過できないというわけだ。

一方、スターマー氏は党首演説で「(ポンド暴落は)何のために。あなたのためでも、労働者のためでもない。1%の富裕層に対する減税のためだ」と指弾した。「かつて保守党は太陽が照っている時に屋根を修理せよと説いた。しかし今の保守党政権は屋根の修理に失敗しただけではない。土台や窓を壊し、今度はドアを吹き飛ばしている」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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