コラム

ロシア「メディア封じ」の狡猾さ...自由な報道が死滅した今、国民は何を信じる?

2022年05月20日(金)17時10分

食料品や燃料の価格、インフレ、生活費、年金などすべてが現在進行中の戦争抜きに語ることはできない。どんな些細な事柄でもロシア軍にマイナスになると判断されれば、警告対象になる。「ロシアでプーチン氏の支配から自由なメディアは地方には残っているかもしれないが、連邦レベルでは存在しない。問題ありとみなされた途端、閉鎖されるからだ」

ロシアでは2千以上のサイトが閉鎖された。ロシア国民の大半はロシア国営テレビから情報を得ている。VPN(仮想専用通信網)接続を使ってソーシャルメディアにアクセスするのも難しくなってきたが、「アメリカでも、イギリスでも、ロシアでもソーシャルメディアは社会を団結させるのではなく、分断させ、争いを引き起こしている」と言う。

アンナ・ポリトコフスカヤ氏ら6人の仲間が殺された

ノーバヤ・ガゼータ紙はチェチェン紛争やジョージア(旧グルジア)紛争、ウクライナ東部紛争で強硬に戦争に反対する姿勢を貫いてきた。さらに政権の腐敗を追及する調査報道にも力を注いできた。「戦争」と「腐敗」という2つの闇はプーチン氏のウィークポイントだ。ここを徹底的に攻めてくるメディアは黙らせる必要があった。

プーチン氏と対決する報道を続けてきた同紙ではチェチェン紛争に反対したアンナ・ポリトコフスカヤ氏、旧ソ連時代から腐敗を追及してきたユーリ・シェコチーヒン氏ら計6人がプーチン時代になって殺害されている。このため「平和賞を受賞したムラトフ編集長は真実の報道に命を捧げた仲間たちに捧げると即座に表明した」とユージニアさんは言う。

ノーバヤ・ガゼータ紙のジャーナリストは自分たちの仕事を正しい形で行う勇気を持ち続けている。しかし今、編集局を再開したら、その日のうちに閉鎖されてしまうのは確実だ。そして新聞を発行するライセンスを剥奪され、廃刊に追い込まれる恐れがある。ノーバヤ・ガゼータ紙が存在できるのはわずか1~2時間がいいところだ。

「プーチン氏が完全にTVを支配してもう20年以上になる。TV局のトップはプーチン氏のシステムを支えている。メディア支配はウクライナ戦争の1カ月前とか3カ月前ではなく、長年にわたって一つ一つブロックが積み上げられてきた。視聴者は20年以上も真実とは全く異なる偽情報のバブルの中に閉じ込められている。権威主義と報道の自由は両立しない」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン最高指導者、トランプ氏の攻撃警告に反発 「強

ビジネス

GPIF、25年度以降も資産構成割合維持 国内外株

ビジネス

フジHD、中居氏巡る第三者委が報告書 「業務の延長

ビジネス

米利下げは今年3回、相互関税発表控えゴールドマンが
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story