コラム

欧州最大の音楽祭で優勝、翌日には戦場に戻っていった「ウクライナ代表」たち

2022年05月17日(火)18時51分
カルシュ・オーケストラ

ユーロビジョン2022で優勝したカルシュ・オーケストラ Yara Nardi-REUTERS

<ユーロビジョンで優勝したウクライナの「カルシュ・オーケストラ」だが、決勝翌日には祖国に戻る約束で特別に認められた出場だった>

[ロンドン発]14日、イタリア北部トリノで開かれた欧州40カ国が参加する音楽祭「ユーロビジョン・ソング・コンテスト2022」の決勝で優勝したウクライナ代表のフォークラップグループ「カルシュ・オーケストラ」。フロントマンでラッパーのオレハ・プシュクは翌15日、祖国の前線に戻るため、ホテルの外で恋人の女性と別れのキスを交わした。

ボーカルのサーシャ・タブも、1カ月前にウクライナからイタリア北西部アルバに逃れ、ホストファミリーと暮らす妻と2人の子供たちに別れを告げなければならなかった。タクシーに乗り込む前に、子供たちを抱き締めるタブに妻は涙を流した。6人組のカルシュ・オーケストラにとって短い国外遠征は、久しぶりに再会した最愛の家族との涙の別れとなった。

カルシュ・オーケストラがウクライナ代表に選ばれた2日後にロシア軍が侵攻してきたため、戦力となる18~60歳の男性は出国を禁じられた。プシュクら6人は決勝に参加するため、国民の支持を受けて特別に出国を認められた。トレードマークのピンクの帽子をかぶったプシュクは15日、タクシーにリュックサックを積み込み、空港に向かった。

カルシュ・オーケストラはその朝、ロシア軍に破壊された首都キーウ近郊のホストメリ、ブチャ、イルピン、ボロディアンカで撮影した優勝ソング「ステファニア」の動画を公開した。ソピルカとティレンカというウクライナ伝統の木管楽器が奏でる物悲しい調べ。年老いていく母がウクライナ語のラップに乗せて語られ、自分を育ててくれたことへの感謝を歌う。

「たとえすべての道が破壊されても、必ず家に帰る道を見つけるだろう」

廃墟と化したウクライナの街並み。女性兵士が、戦争で子供たちと離れ離れになった家族を探し歩く。子供が再会を果たすと、女性兵士は戦場に戻っていく。これは母ステファニアへの讃歌だが、ロシア軍の侵攻で多くの国民が「母なるウクライナ」を連想するようになった。「ステファニア」はいまでは「わが戦争の讃歌」と呼ばれている。

私たちをいつも温かく抱きしめてくれる母親の存在と祖国は似ている。「たとえすべての道が破壊されても、必ず家に帰る道を見つけるだろう」という歌詞は決してロシア軍の侵攻を想定して書かれたわけではない。しかし、それ以上に深い意味が「ステファニア」には込められているようにすべてのウクライナ国民が感じている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正

ワールド

イスラエル政府、ガザ停戦合意を正式承認 19日発効

ビジネス

米国株式市場=反発、トランプ氏就任控え 半導体株が

ワールド

ロシア・イラン大統領、戦略条約締結 20年協定で防
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 7
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 8
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者…
  • 9
    注目を集めた「ロサンゼルス山火事」映像...空に広が…
  • 10
    「ウクライナに残りたい...」捕虜となった北朝鮮兵が…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 5
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story