コラム

プーチンに戦争を決断させた「原油価格のロジック」と、その酷すぎる「計算違い」

2022年03月19日(土)14時50分

ロシア軍の容赦なき無差別の砲撃と爆撃にさらされるウクライナ市民だけでなく、エネルギー価格の高騰とインフレに苛まれる私たち一人ひとりがロシアの独裁者ウラジーミル・プーチン大統領の起こした戦争の犠牲者なのだ。なぜならプーチン氏はエネルギー価格の高騰を織り込み済みで戦争の引き金を引いたからだ。

原油価格に左右されるロシアの命運

220319kmr_gop02.JPG

出所)米エネルギー省(EIA)

ロシアの命運は原油価格に大きく左右される。ソ連崩壊が始まった1988年、原油価格は1バレル当たり12ドルを下回り、10年後の金融危機「ルーブル・ショック」では一時10ドルを割り込んだ。原油価格が暴落するとロシアは崩壊する。ソ連崩壊と混乱の90年代を知るプーチン氏が動くのは必ず原油価格が高騰している時だけだ。

2008年のグルジア(現ジョージア)紛争前、原油価格は140ドルを突破していた。14年のクリミア併合前も110ドルを超えていた。今回のウクライナ侵攻でも原油価格が100ドルを突破すると即座に動いた。もう一つ共通するのが北京五輪、ソチ冬季五輪、北京冬季五輪と五輪開催時期に軍事行動を起こしている。

エネルギー市場の自由化、天然ガスの輸送、地政学的リスクを専門にする英ICISのオーラ・サバドゥス博士は筆者に「プーチン氏がこの2~3カ月、エネルギー価格を注視していたのは間違いない。昨年春以降、天然ガス価格は高騰し、昨年12月には記録的な高値になり、世界経済に深刻な影響を与えるようになっていた」と語る。

220319kmr_gop03.JPG

英ICISのオーラ・サバドゥス博士(筆者撮影)

「これはエネルギー価格だけでなく、ほかの料金にも反映される。さらに恐ろしいことに物価も上昇する。天然ガス価格が上がると肥料を作るコストも上昇し、食料品価格を押し上げる。これはエネルギー価格だけの問題にとどまらず、経済全体に波紋を広げる。時間が経てば、もっと多くの問題が出てくる」

温暖化対策で天然ガスの需要増を見込む

昨年、英グラスゴーで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)にプーチン氏は欠席したものの、ロシアは「2060年までに温室効果ガスの排出実質ゼロを目指す」と宣言した。世界の森林の5分の1を有するロシアは2030年までに森林破壊を終わらせるという誓約に署名した100カ国超にも名を連ね、取り組みに積極姿勢を見せた。

天然ガスは原油や石炭に比べて温室効果ガスの排出量が少なく、蓄電池代わりに使える水素ガスの材料にもなる。サバドゥス氏は「プーチン氏は天然ガスを輸出し続けることを望んでいたはず。しかし今回、ロシア企業のガスプロム、ロスネフチや、原油・天然ガスなどエネルギー輸出はロシアの戦争の資金源になる恐れがあるという理由で市場から除外されつつある。誰ももうロシアとは関わりを持ちたくなくなっている」と言う。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ショルツ独首相、2期目出馬へ ピストリウス国防相が

ワールド

米共和強硬派ゲーツ氏、司法長官の指名辞退 買春疑惑

ビジネス

車載電池のスウェーデン・ノースボルト、米で破産申請

ビジネス

自動車大手、トランプ氏にEV税控除維持と自動運転促
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対する中国人と日本人の反応が違う
  • 2
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱が抜け落ちたサービスの行く末は?
  • 3
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 4
    【ヨルダン王室】生後3カ月のイマン王女、早くもサッ…
  • 5
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 6
    元幼稚園教諭の女性兵士がロシアの巡航ミサイル「Kh-…
  • 7
    ウクライナ軍、ロシア領内の兵器庫攻撃に「ATACMSを…
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 10
    若者を追い込む少子化社会、日本・韓国で強まる閉塞感
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り捨てる」しかない理由
  • 4
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 5
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 6
    アインシュタイン理論にズレ? 宇宙膨張が示す新たな…
  • 7
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 8
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 9
    メーガン妃が「輝きを失った瞬間」が話題に...その時…
  • 10
    中国富裕層の日本移住が増える訳......日本の医療制…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 8
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 9
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
  • 10
    ロシア陣地で大胆攻撃、集中砲火にも屈せず...M2ブラ…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story