コラム

プーチンの「取り巻き」が見せる反逆の兆候...「独裁者」の足元が崩れ始めた

2022年03月05日(土)14時55分
プーチン露大統領

Sputnik/Alexei Nikolsky/Kremlin via REUTERS

<すべてを失うことを恐れるオリガルヒ(新興財閥)が、一斉に戦争反対の声を上げ始めた。政権打倒は可能だと、暗殺されたリトビネンコの妻は訴える>

[ロンドン発]ウクライナに侵攻したウラジーミル・プーチン露大統領は南部のザポリージャ原発を攻撃し、支配下に置いた。1986年に起きた世界最悪のチェルノブイリ原発事故を思い起こさせた。抵抗する主要都市を降伏させるため、ロシア軍は民間人を殺害して恐怖を煽っている。ロシア国内では情報統制が敷かれ、戒厳令発動の観測も飛び交い、国外に脱出する人が出始めた。

プーチン氏はロシアが滅びるぐらいなら、世界を先に滅ぼした方がいいという妄想に取り憑かれている。いや自分が失脚するぐらいなら祖国と世界を道連れにしてやると考えているのかもしれない。

220305kmr_rpo02.JPG

アレクサンダー・リトビネンコ氏の妻マリーナさん(2017年2月、筆者撮影)

2006年11月、ロンドンのホテルでティーに致死性の放射性物質ポロニウム210を入れられ、毒殺された元ロシア連邦保安庁(FSB)幹部アレクサンダー・リトビネンコ氏の妻マリーナさん(60)は夫が死の2日前に残した言葉を思い出す。

「あなたは私を黙らせることに成功したかもしれないが、その沈黙には代償が必要だ。あなたを批判する人たちが主張するように、あなたは野蛮で冷酷な人間であることを自ら示した。生命や自由、文明的な価値観に何の尊敬の念も抱いていないことを示したのだ」

「あなたはロシアの大統領という職責に値しない人間であること、文明的な人々の信頼に値しない人間であることを示した。プーチンよ、1人の人間を黙らすことができても世界中の抗議の声を封じ込めることはできない」

ロシアの工作員によってポロニウム210を混ぜたティーを飲まされ、内部被ばくしたリトビネンコ氏は嘔吐と激痛を訴えて病院に緊急入院した。髪の毛がすべて抜け落ちた。白血球が極端に減少し、免疫システムが壊れてしまったような症状だった。

骨髄不全になり、肝臓、腎臓、心臓が次々と破壊されていった。病室には放射線防護服を着た人が動き回っていた。リトビネンコ氏は政治的な声明というより個人的な感情を、愛するマリーナさんに言い残した。

220305kmr_rpo03.jpg

ポロニウム210で髪の毛が抜け落ちたリトビネンコ氏(公聴会資料より)

「核のボタンを押せるのは気の狂った人間だけ」

旧ソ連時代の1978年、ブルガリア出身の作家兼ジャーナリストのゲオルギー・マルコフが足に毒物リシン入りペレットを打ち込まれ、暗殺された。KGB(ソ連国家保安委員会)は暗殺兵器を用意したものの、実際に手を下したのはブルガリアの情報機関だった。アメリカに外交上の攻撃材料を与える暗殺にKGBは乗り気ではなかったとされる。

市民社会の中で放射能兵器を使ってリトビネンコ氏を暗殺する命令を下した疑いが持たれるプーチン氏はこの時すでに一線を越えていた。核戦力を「特別警戒態勢」に移行させたプーチン氏が「核のボタン」を押すかどうか。マリーナさんはこうみる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

米テキサス・ニューメキシコ州のはしか感染20%増、

ビジネス

米FRB、7月から3回連続で25bp利下げへ=ゴー

ワールド

米ニューメキシコ州共和党本部に放火、「ICE=KK

ビジネス

大和証G・かんぽ生命・三井物、オルタナティブ資産運
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
特集:まだ世界が知らない 小さなSDGs
2025年4月 1日号(3/25発売)

トランプの「逆風」をはね返す企業の努力が地球を救う

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者が警鐘【最新研究】
  • 3
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 4
    「炊き出し」現場ルポ 集まったのはホームレス、生…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    メーガン妃のパスタ料理が賛否両論...「イタリアのお…
  • 7
    3500年前の粘土板の「くさび形文字」を解読...「意外…
  • 8
    突然の痛風、原因は「贅沢」とは無縁の生活だった...…
  • 9
    なぜ「猛毒の魚」を大量に...アメリカ先住民がトゲの…
  • 10
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大…
  • 1
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 2
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き詰った「時代遅れ企業」の行く末は?【アニメで解説】
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【独占】テスラ株急落で大口投資家が本誌に激白「取…
  • 5
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥ…
  • 6
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 7
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 8
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 9
    「テスラ離れ」止まらず...「放火」続発のなか、手放…
  • 10
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラ離れが急加速...世界中のオーナーが「見限る」…
  • 10
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story