コラム

ゼレンスキーは英雄か、世界を大戦に巻き込むポピュリストか

2022年02月27日(日)21時12分

元コメディアンのゼレンスキー氏とウクライナ軍がここまで抵抗すると事前に予想した人は少なかった。

ゼレンスキー氏はウクライナのドニプロ近郊でユダヤ系科学者の家庭に生まれた。ソ連が崩壊し、祖国が独立した時、12歳。イスラエル留学の機会もあったが、父親の反対で断念した。大学では法律を学んだ。17歳の時、コメディーTV番組に参加し、その後、ラブコメ映画にも出演するようになる。

架空の大統領から本物に

ロシアがウクライナのクリミア半島を一方的に併合した翌年の15年にTVドラマ番組『サーバント・オブ・ピープル(筆者仮訳:国民への奉仕者)』を制作、自ら高校教師役を演じる。この教師が政府の腐敗撲滅を叫ぶ様子を生徒がこっそり撮影しネットに投稿したところ爆発的に拡散し、予期せずウクライナ大統領に就任するという政治風刺劇だ。

ドラマではウクライナが実際に直面する問題が取り上げられた。視聴者の90%がゼレンスキー氏の演じる大統領に共感を持った。有権者はゼレンスキー氏が祖国の救世主になるという幻想に酔い、現実と仮想の境をなくしてしまう。2019年のウクライナ大統領選に出馬し、決選投票で現職のペトロ・ポロシェンコ大統領をトリプルスコアで退けた。

ゼレンスキー氏は13~14年の親欧米市民運動「マイダン革命」の支持者で、親露派分離主義者による東部紛争では前線で戦うウクライナ軍に寄付している。14年のクリミア併合をきっかけに同国ではナショナリズムが高まり、ゼレンスキー氏はSNSを通じて、そうした国民感情を味方につけてきた。

一方でゼレンスキー氏に対しては、腐敗撲滅を口実にオリガルヒ(新興財閥)から奪った権力を自分に集中させようとしているだけとの懸念もくすぶり続けている。大統領就任2カ月で、ドナルド・トランプ前米大統領がバイデン氏とウクライナのガス会社役員を務める息子のハンター氏を調査させようとゼレンスキー氏に圧力をかけていたという疑惑も浮上した。

ロンドンに高級不動産を所有

ゼレンスキー氏は「外国の選挙に干渉したくない」としてトランプ氏の圧力を否定する。そのせいかどうか分からないが、ゼレンスキー氏とバイデン氏の関係はギクシャクする。バイデン氏は昨年5月、バルト海の海底を通ってロシアとドイツを結ぶ天然ガスパイプライン、ノルドストリーム2に対する制裁を解除し、ゼレンスキー氏を失望させる。

コロナ危機でウクライナの犠牲者は約10万5500人。人口100万人当たりの死者は2437人で、ロシアの2403人や欧州最大の被害を出したイギリスの2354人を上回る。ワクチン接種回数も100人当たり73回に届かず、経済も落ち込んだ。昨年10月には、ゼレンスキー氏と側近がロンドンの高額不動産を所有するオフショア企業ネットワークの受益者だったことが発覚する。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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