コラム

欧州でロシアの工作活動が冷戦期並みにエスカレート 

2021年08月13日(金)15時03分

今回の事件についてどう思うか、欧州の安全保障と諜報活動に詳しい英バッキンガム大学のアンソニー・グリーズ教授に尋ねた。

――最初に考えたことは何ですか

「恐ろしいことだ。このような事件は起こってはならない。ベルリンは重要だ。なぜならドイツはEUを離脱したイギリスにとって欧州の中で最も重要な安全保障上の同盟国だからだ。イギリスのボリス・ジョンソン首相とドミニク・ラーブ外相はドイツを安全保障政策の観点から『不可欠な同盟国』と表現している」

「ベルリンにあるイギリス大使館は英政府とドイツ政府の間で政策のアイデアや諜報に関係した資料を交換するための重要な場所だ。イギリスは世界で最も重要な情報共有ネットワークである『ファイブアイズ(実際には10カ国)』の一角をなす。いくつかのファイブアイズの情報はベルリンに保管される。これらはロシア人が見たい王冠の宝石になるだろう」

「ロシア人が在ベルリン・イギリス大使館とその機密にアクセスできることは、ロンドンの官庁街ホワイトホールにある英外務省にアクセスすることに次ぐ機会になる。スミス容疑者は大使館の警備を担当していた。彼がロシア人に渡したと『文書』とはおそらくパスコードやCCTV(防犯カメラ)など大使館のセキュリティーの取り決めの詳細だろう」

「ドイツはEUにおけるイギリスの主要なパートナーであり、両国はそれぞれの国や欧州の安全保障へのロシアの脅威について高度な政策を立てるためにお互いに依存している。狙われたのは政府から政府へ渡されるトップシークレットというより、例えばMI6(秘密情報局)ベルリン支部長の名前などだ。それはロシア人に金庫の鍵を与えるようなものだ」

――私たちは今スパイによる冷戦時代にいると思いますか

「思う。私たちは決してスパイ冷戦から抜け出せていなかった。『歴史の終わり』を唱えるロマンティストたちはスパイ冷戦の終結を信じていたかもしれないが。ソ連は崩壊し、ソ連共産党も解散したが、KGBはFSBとSVRとして生き続けている」

「 20年以上前にはロシアがNATOに加盟したかもしれない瞬間があり、状況は異なっていた。しかしこの10年間でプーチン大統領はより冷酷で無謀になった。彼は殺人者であり、自分が望むものを手に入れるためには殺人を続けるだろう」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

再送米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比

ワールド

「トランプ氏と喜んで討議」、バイデン氏が討論会に意

ワールド

国際刑事裁の決定、イスラエルの行動に影響せず=ネタ

ワールド

ロシア中銀、金利16%に据え置き インフレ率は年内
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 6

    大谷選手は被害者だけど「失格」...日本人の弱点は「…

  • 7

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「性的」批判を一蹴 ローリング・ストーンズMVで妖…

  • 10

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈する動画...「吹き飛ばされた」と遺族(ロシア報道)

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story