コラム

五輪強行の一方、コロナ対策では菅政権の周回遅れ感が半端ない

2021年08月04日(水)17時46分
無観客の横浜スタジアム

イギリスやアメリカのスポーツイベントでは観客を入れているのに(4月4日 横浜スタジアム)  Jorge Silva-REUTERS

<「重症患者や重症化リスクの高い人以外は原則、自宅療養」──第1波ならともかく1年半も経ってそれを言うのか?と、英保健当局者が不審がる菅首相の新方針>

[ロンドン発]デルタ(インド変異)株が猛威を振るう中で東京五輪を開催する菅義偉首相が「重症患者や重症化リスクの高い人以外は原則、自宅療養」という方針を打ち出した。英国民医療サービス(NHS)関係者は「昨年の第1波ならいざ知らず、1年半も経って今さらそんなことを言っているとは不思議な感じがする」とあきれたような声を上げた。

欧州最悪の死者15万3734人を出したイギリスでは昨年3月の第1波ではロックダウン(都市封鎖)が1週間遅れただけで医療が逼迫、入院できずに亡くなる患者が続出。NHSは緊急事態態勢をとったまま今に至る。このNHS関係者は「緊急事態と言っても普通なら24時間か48時間。長くて1週間なのに、それが1年半も続いている」と漏らす。

アメリカのデータサイエンスはテクノロジーが進んでいても、イギリスはNHS病院や診療所、大学、研究機関、政府機関のネットワークが有機的につながっており、さまざまなデータを収集し、分析してきた。「NHSのトップは頭の切れる精鋭集団で、独自のモデリングで感染者や入院患者を予測していくつかのシナリオを作り、最悪の事態に備えてきた」という。

ワクチンが展開できるまで医療が崩壊しないよう感染状況に合わせてコロナ病床や集中治療室(ICU)病床を柔軟に増やしてしのぐしかない。ワクチン集団接種を全国展開できるようボランティアの打ち手の確保も急いだ。イギリスも日本同様、医療現場は政治に振り回される。しかし権限が首相官邸や保健省に集中することなく持ち場、持ち場に分散している。

国民皆保険制度の日本は医療機関の8割が民間病院。規模がそれほど大きくない病院が多く、コロナ患者を十分に受け入れられないという弱点がある。これに対してNHSはトップダウンでコロナ病床の確保やワクチン接種の態勢を構築しやすいという強みがある。NHS関係者は「餅は餅屋。その道の専門家に任せるのが一番」と指摘する。

日本では「白衣の天使」として知られるフローレンス・ナイチンゲールも統計学者。イギリスは多角的、重層的にデータを分析、全面正常化を6月21日から7月19日に延期した。その間ワクチン展開を進めるとともにサッカーUEFA欧州選手権(EURO2020、1年延期開催)、テニスのウィンブルドン選手権を利用して大規模イベント実施についても実験した。

正常化に踏み切る4日前には1日の新規感染者数が6万人を超えていたものの、3万人を割り、今のところ心配された1日の新規入院患者も900人台で頭打ちになっている。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア新型中距離弾、実戦下での試験継続 即時使用可

ワールド

司法長官指名辞退の米ゲーツ元議員、来年の議会復帰な

ワールド

ウクライナ、防空体制整備へ ロシア新型中距離弾で新

ワールド

米、禁輸リストの中国企業追加 ウイグル強制労働疑惑
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:超解説 トランプ2.0
特集:超解説 トランプ2.0
2024年11月26日号(11/19発売)

電光石火の閣僚人事で世界に先制パンチ。第2次トランプ政権で次に起きること

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 2
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋トレに変える7つのヒント
  • 3
    北朝鮮は、ロシアに派遣した兵士の「生還を望んでいない」の証言...「不都合な真実」見てしまった軍人の運命
  • 4
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 5
    プーチンはもう2週間行方不明!? クレムリン公式「動…
  • 6
    Netflix「打ち切り病」の闇...効率が命、ファンの熱…
  • 7
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」…
  • 8
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 9
    NewJeans生みの親ミン・ヒジン、インスタフォローをす…
  • 10
    巨大隕石の衝突が「生命を進化」させた? 地球史初期…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査を受けたら...衝撃的な結果に「謎が解けた」
  • 3
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 4
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 5
    日本人はホームレスをどう見ているのか? ルポに対す…
  • 6
    「1年後の体力がまったく変わる」日常生活を自然に筋…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 9
    クルスク州の戦場はロシア兵の「肉挽き機」に...ロシ…
  • 10
    沖縄ではマーガリンを「バター」と呼び、味噌汁はも…
  • 1
    朝食で老化が早まる可能性...研究者が「超加工食品」に警鐘【最新研究】
  • 2
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参加で「ネットの自由」を得た兵士が見ていた動画とは?
  • 3
    外来種の巨大ビルマニシキヘビが、シカを捕食...大きな身体を「丸呑み」する衝撃シーンの撮影に成功
  • 4
    朝鮮戦争に従軍のアメリカ人が写した「75年前の韓国…
  • 5
    自分は「純粋な韓国人」と信じていた女性が、DNA検査…
  • 6
    北朝鮮兵が味方のロシア兵に発砲して2人死亡!? ウク…
  • 7
    寿命が延びる、3つのシンプルな習慣
  • 8
    「会見拒否」で自滅する松本人志を吉本興業が「切り…
  • 9
    足跡が見つかることさえ珍しい...「超希少」だが「大…
  • 10
    モスクワで高層ビルより高い「糞水(ふんすい)」噴…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story