コラム

ワクチン接種後、自己免疫疾患で急死した産科医の妻の訴え「夫の死を無駄にしないで」【コロナ緊急連載】

2021年01月14日(木)15時50分

ベル氏はこのウイルスは祖国を侵略する敵と同じように扱われるべきだと強調する。にもかかわらずジョンソン英政権にはその覚悟も、備えすらもなかった。ベル氏は1952年、カナダでポリオウイルスに医者の父親とともに感染し、後遺症で今も右足に障害が残るだけに感染症対策への信念も強烈だ。

「コロナとの共生」を信じる日本社会と異なり、ベル氏が言うようにこのパンデミックを「対コロナ全体戦争」ととらえるなら、私たちはマイケルさんの屍を乗り越えて前進するしかない。

リスクは軽減できる

コロナワクチンがもたらすベネフィットは大きい。問題はリスクをどれだけ軽減できるかである。

患者本人が自分のアレルギーに気付いていない場合、ワクチン接種を受け、アナフィラキシーを起こしてしまう恐れがある。NHSは接種前の問診でアレルギーの有無を慎重に確認するとともに、接種後も15分間、アナフィラキシーなどの急性反応が起きないか様子を観察している。

イギリスでは、ワクチン接種を担当する看護師が心肺蘇生法、アナフィラキシーを措置できるかどうかのテストを義務付けている病院もある。

インフルエンザワクチンの接種では四肢や顔、呼吸器官が麻痺するギラン・バレー症候群(GBS)を発症することがある。何もしなくてもGBSは年に10億人当たり約1万7千人が発症する。1年間に40億人がコロナワクチンを接種すると接種とは直接関係がなくても6万8千人が発症する計算だ。

だからワクチン集団接種によるGBSの発症率に有意差が出るかどうかを見極める必要がある。

「抗体依存性免疫増強に関する心配の種は減った」

新型コロナウイルスについてはワクチンや感染によって獲得された抗体がウイルスに感染した時、重症化する「抗体依存性免疫増強(ADE)」を懸念する声がある。まさに接種の意思を問われている日本の医療現場も正確な情報が不足しているため大混乱に陥っている。

そこで筆者はコロナワクチンとADEの関係を最近、詳しく検証した米科学雑誌サイエンスのブログ「イン・ザ・パイプライン」の著者デレク・ロウ氏に電子メールで問い合わせてみた。

「コロナワクチンに関するADEについての懸念は、重症急性呼吸器症候群(SARS)ワクチン候補に関する動物実験に由来する。SARSワクチン候補はスパイク(突起部)ではなくNタンパク質(ゲノムに結合する構造タンパク質)をワクチンのターゲットにしており、それが問題を引き起こしていたようだ。その反省から今回はスパイクタンパク質がターゲットにされており、動物実験ではADEの兆候は確認されなかった。これで心配の種が減った」

英製薬大手アストラゼネカと共同でワクチンを製造開発した英オックスフォード大学コロナワクチンチームのショーン・エライアス氏は筆者にこう答えた。

「オックスフォードワクチンはADEに関連するTh2応答(B細胞を活性化させて抗体をつくる )ではなく、強力なTh1型免疫応答(B細胞だけでなくキラーT細胞などを活性化させてウイルスに感染した細胞を破壊したりすること )を誘導する。それはワクチンの初期設計における重要な考慮事項だった。ADEはオックスフォードで開発するワクチンでは懸念されていない」

こんな専門的な話をしたら、ますますこんがらがってしまうため、米英両国は分かりやすく国民に伝わる方法をとっている。ジョー・バイデン次期米大統領(78)、エリザベス英女王(94)とフィリップ殿下(99)が進んでワクチンを接種してワクチンの安全性を国民にアピールしたのだ。

折角、安全性も有効性も高いワクチンを作っても打ってくれる人がいなければ「宝の持ち腐れ」だからだ。ワクチンは開発するより打ってもらう方が難しい。

最悪エリアで1日16人に1人が感染しているロンドンでエッセンシャルワーカーのジャーナリストとして働く筆者には順番が回って来てもワクチンを打たないという選択肢はおそらくない。機会を逃せば、次があるのかないのか保証は全くないからだ。

イギリスの死者は8万4767人。一方、日本の死者は4144人とイギリスの約20分の1だ。日本ではワクチンを打つリスクとベネフィットをどう判断するかは年齢、性別、基礎疾患の有無、職業によって微妙なのかもしれない。しかしコロナ危機の出口は今のところ「ワクチン」しかない。

ワクチンの集団予防接種ではマイケルさんのような悲劇がまれに起きるリスクは否定できない。そのリスクと引き換えに私たちは自分の命を守り、パンデミック前の日常を取り戻せるかもしれない。私たちも人類対ウイルスの全体戦争に巻き込まれ、ワクチンという「命の選択」を迫られていることを自覚すべきだ。

(つづく)

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ロシア政府系ファンド責任者、今週訪米へ 米特使と会

ビジネス

欧州株ETFへの資金流入、過去最高 不透明感強まる

ワールド

カナダ製造業PMI、3月は1年3カ月ぶり低水準 貿

ワールド

米、LNG輸出巡る規則撤廃 前政権の「認可後7年以
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:引きこもるアメリカ
特集:引きこもるアメリカ
2025年4月 8日号(4/ 1発売)

トランプ外交で見捨てられ、ロシアの攻撃リスクにさらされるヨーロッパは日本にとって他人事なのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大はしゃぎ」する人に共通する点とは?
  • 2
    8日の予定が286日間に...「長すぎた宇宙旅行」から2人無事帰還
  • 3
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 4
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 5
    磯遊びでは「注意が必要」...6歳の少年が「思わぬ生…
  • 6
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「…
  • 7
    「隠れたブラックホール」を見つける新手法、天文学…
  • 8
    【クイズ】アメリカの若者が「人生に求めるもの」ラ…
  • 9
    【クイズ】2025年に最も多くのお金を失った「億万長…
  • 10
    あまりにも似てる...『インディ・ジョーンズ』の舞台…
  • 1
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 2
    ロシア空軍基地へのドローン攻撃で、ウクライナが「最大の戦果」...巡航ミサイル96発を破壊
  • 3
    800年前のペルーのミイラに刻まれた精緻すぎるタトゥーが解明される...「現代技術では不可能」
  • 4
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 5
    ガムから有害物質が体内に取り込まれている...研究者…
  • 6
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 7
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 8
    一体なぜ、子供の遺骨に「肉を削がれた痕」が?...中…
  • 9
    「この巨大な線は何の影?」飛行機の窓から撮影され…
  • 10
    現地人は下層労働者、給料も7分の1以下...友好国ニジ…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    「テスラ時代」の崩壊...欧州でシェア壊滅、アジアでも販売不振の納得理由
  • 3
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛ばす」理由とは?
  • 4
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山…
  • 5
    テスラ失墜...再販価値暴落、下取り拒否...もはやス…
  • 6
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 7
    市販薬が一部の「がんの転移」を防ぐ可能性【最新研…
  • 8
    テスラ販売急減の衝撃...国別に見た「最も苦戦してい…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story