コラム

婚約者の口車に乗せられ「軍師」を切ったジョンソン英首相の支離滅裂 漂流するブレグジット

2020年11月17日(火)11時14分

EUからの強硬離脱路線を主導したジョンソン首相のカミングス首席顧問は辞任の憂き目に(11月14日、ロンドン) Peter Nicholls-REUTERS

<バイデン勝利と「軍師」カミングスの辞任で既定のブレグジット路線も危うくなった>

「怪僧ラスプーチン」を更迭

[ロンドン発]中国の楊貴妃に始まりフィリピンのイメルダ・マルコス元大統領夫人まで「歴史の影に女あり」「傾国の女」とはよく言われるが、新型コロナウイルスの第2波と欧州連合(EU)離脱後の協定交渉という難問を抱える英首相官邸で理解不能な内紛劇が起きた。

ボリス・ジョンソン首相が側近のリー・ケイン広報部長を慰留するため官邸首席補佐官に昇任させようとしたところ、首相の婚約者キャリー・シモンズ氏が猛反発した。結局、ケイン広報部長ばかりか「イギリスの怪僧ラスプーチン」と呼ばれるドミニク・カミングズ首席顧問まで辞任する騒ぎに発展した。

事実上の更迭である。4年前の国民投票でEU離脱派を勝利させ、強硬離脱を主導した立役者の2人が政治の表舞台から姿を消すことになった。この政争にはいろいろな側面があり、解釈が非常に難しい。

バイデン氏当選で「合意なき離脱」なくなる?

米大統領選で民主党候補のジョー・バイデン前副大統領が勝利したことでジョンソン首相は英・北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」を復活させかねない「合意なき離脱」を選択できなくなった。

3600人以上の犠牲を出した北アイルランド紛争に終止符を打った1998年のベルファスト合意は米民主党の政治的レガシー(遺産)。米民主党は紛争を再燃させる恐れのある「合意なき離脱」には一貫して反対してきた。

バイデン氏は敬虔なカトリック。曽祖父はアイルランド出身で、1850年にアメリカに移住した。同国にはバイデン氏のようなアイルランド系移民の子孫が人口の1割に当たる3300万人もいる。アイルランド系は米大統領選の「大票田」なのだ。

イギリスがEUとの「合意なき離脱」を選択すれば、アメリカのアイルランド系の怒りを買い、同国とのFTA(自由貿易協定)の締結はますます望み薄になる。

ジョンソン首相が11月末にデッドラインを迎えるEU離脱後の協定交渉で「合意」に転換するため「合意なき離脱」を唱える2人を切ったと解釈したいところだが、それなら首相がどうしてケイン氏を昇格させようとしたのか説明できなくなる。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナ和平仲介撤退の可能性明言 進

ビジネス

トランプ氏が解任「検討中」とNEC委員長、強まるF

ワールド

イスラエル、ガザで40カ所空爆 少なくとも43人死

ワールド

ウクライナ、中国企業3社を制裁リストに追加 ミサイ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプショック
特集:トランプショック
2025年4月22日号(4/15発売)

大規模関税発表の直後に90日間の猶予を宣言。世界経済を揺さぶるトランプの真意は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇した「透けレギンス」投稿にネット騒然
  • 2
    【クイズ】売上高が世界1位の「半導体ベンダー」はどこ? ついに首位交代!
  • 3
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 4
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 5
    今のアメリカは「文革期の中国」と同じ...中国人すら…
  • 6
    300マイル走破で足がこうなる...ウルトラランナーの…
  • 7
    「2つの顔」を持つ白色矮星を新たに発見!磁場が作る…
  • 8
    トランプ関税 90日後の世界──不透明な中でも見えてき…
  • 9
    米経済への悪影響も大きい「トランプ関税」...なぜ、…
  • 10
    トランプに弱腰の民主党で、怒れる若手が仕掛ける現…
  • 1
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜け毛の予防にも役立つ可能性【最新研究】
  • 2
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ? 1位は意外にも...!?
  • 3
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最強” になる「超短い一言」
  • 4
    あなたには「この印」ある? 特定の世代は「腕に同じ…
  • 5
    パニック発作の原因とは何か?...「あなたは病気では…
  • 6
    中国はアメリカとの貿易戦争に勝てない...理由はトラ…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    しゃがんだ瞬間...「えっ全部見えてる?」ジムで遭遇…
  • 9
    動揺を見せない習近平...貿易戦争の準備ができている…
  • 10
    【渡航注意】今のアメリカでうっかり捕まれば、裁判…
  • 1
    中国戦闘機が「ほぼ垂直に墜落」する衝撃の瞬間...大爆発する機体の「背後」に映っていたのは?
  • 2
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 3
    「一夜にして死の川に」 ザンビアで、中国所有の鉱山ダムから有毒の水が流出...惨状伝える映像
  • 4
    「さようなら、テスラ...」オーナーが次々に「売り飛…
  • 5
    「今まで食べた中で1番おいしいステーキ...」ドジャ…
  • 6
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 7
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い…
  • 8
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 9
    テスラの没落が止まらない...株価は暴落、業績も行き…
  • 10
    「低炭水化物ダイエット」で豆類はNG...体重が増えな…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story