コラム

「ポスト・メルケル」にらむ英国のEU離脱チキンゲーム 「合意なき無秩序離脱」は回避できるのか 

2018年10月19日(金)12時40分

EUに乗り込んだ時はまだ元気だったメイ英首相(17日、筆者撮影)

[ブリュッセル発]来年3月末に迫る英国の欧州連合(EU)離脱をめぐる交渉はいよいよ政治的な袋小路に入ってきた。最初の交渉期限とされたEU首脳会議が10月17、18の両日、開かれた。「合意なき無秩序離脱」か、それとも「移行期間の延長で合意」か、と緊張はピークに達したが、とりあえず交渉決裂という「即死」の惨事だけは回避された。

見送られた11月の臨時首脳会議

首脳会議後の記者会見に臨んだ崖っぷちのテリーザ・メイ英首相の声はかすれ、疲労の色がにじむ。国内で政権基盤が大きく揺らぐアンゲラ・メルケル独首相の表情も予想以上に険しかった。メイ首相はEU側にこれ以上、譲歩すると強硬離脱派に突き上げられ、政権は崩壊する。それに続く「合意なき離脱」を避けるにはEU側が妥協するしか道は残されていない...。

kimura20181019100402.jpg
EU首脳会議終了後に険しい表情を浮かべるメルケル独首相(18日、筆者撮影)

17日夕のワーキングディナーでメイ首相の食事は用意されなかった。ディナー前に与えられた説明の時間はわずか15分。メイ首相は離脱後もEUと同じルールブックを作ってモノの取引については無関税・無障壁の自由貿易圏を構築する離脱案を改めて説明した。

3600人以上の犠牲者を出した北アイルランド紛争の悪夢を蘇らせないため、EU離脱後も英・北アイルランドとアイルランドの間に「目に見える国境」を復活させないことが昨年12月に英国、EU双方の間で基本合意されている。

しかし、2020年末までの移行期間に自由貿易圏で合意できなかった場合、税関などの「目に見える国境」が復活する。これを避けるバックストップ(緊急時の備え)として移行期間終了後も、英国はEUの関税同盟に留まり、北アイルランドはモノの単一市場にも残る案が急浮上している。

最後の対立点として残されたこの問題をメイ首相はあえて素通りした。英国側の内輪ブリーフィングに参加した記者にぶら下がると「合意なき離脱の可能性は残っている」とまるでお通夜のような表情を浮かべた。

しかし、その直後に行われたEU高官の記者説明では「メイ首相の方から移行期間の延長について検討する用意があるとの発言があった。EU側はこれをポジティブに受け止めている」という話が飛び出した。ディナーで11月の臨時首脳会議開催が可能か、諮っているとまで説明した。

11月の臨時首脳会議は「合意なき離脱」の調印式という刺激的なニュースも事前に流れていたため、最悪の事態は回避されたと筆者は小躍りした。しかし、メルケル首相がディナーで「メイ首相の説明には新しい提案は何もなかった」と臨時首脳会議の開催をあっさり退けた。

エマニュエル・マクロン仏大統領も「英国内の政治問題に付き合わされてはかなわない」と同調した。2人はディナーのあと、ベルギーとルクセンブルク両国首相と一緒に、世界遺産に登録されている観光名所グラン・プラスのパブに繰り出したところを、クロアチアの記者にフォーカスされた。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

ガザ停戦が発効、人質名簿巡る混乱で遅延 15カ月に

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性客が「気味が悪い」...男性の反撃に「完璧な対処」の声
  • 2
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 3
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 4
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさ…
  • 5
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 6
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 9
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 10
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 7
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 8
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 9
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story