コラム

安倍首相はロシアの「有益な愚か者」か プーチン大統領のプロパガンダ戦争

2018年05月17日(木)13時00分

「プロパガンダの天才」ナチスのヨーゼフ・ゲッベルスは「ウソも繰り返せば、最後に人々はそのウソを信じるだろう」と言ったと伝えられるが、ヤコヴェンコ大使はその言葉通り実践しているように見えた。ロシア外交はフル回転で印象操作を行い、虚構を垂れ流している。

英シンクタンク、ヘンリー・ジャクソン・ソサイエティ(HJS)のロシア研究センター所長、アンドリュー・フォクスオール氏は2016年10月、ロシアのプロパガンダに利用されている人脈を分析した報告書「プーチンの有益な愚か者たち」を発表した。

kimura180516-2.jpg
HJSのフォクスオール氏(筆者撮影)

14年12月、フランスの極右政党・国民戦線はモスクワの第一チェコ・ロシア銀行から940万ユーロを受け取った。マリーヌ・ルペン党首はプーチン大統領への敬意を隠さず、13年のロシア訪問では副首相と下院議長と会談した。

英国のEU離脱を主導した英国独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージ元党首は、クリミア併合が強行された14年3月に、最も尊敬する世界の指導者としてプーチン氏の名を挙げ、シリア内戦への対応を「素晴らしい」と持ち上げてみせた。

「有益な愚か者」ネットワークはシンクタンクや大学の討論会、ロシアのニュース専門局RT(旧ロシア・トゥデイ)や情報通信・ラジオ放送局スプートニクを通じて世界中に張り巡らされている。謝礼は出演料として支払われる。

ロシアだけでなく、アルバニアやキプロス、マケドニアに散らばる「トロール部隊」がインターネット上にロシアに有利な偽ニュースやプロパガンダ情報を流し続けている。

英米など26カ国がロシア外交官150人を追放

ロシアの長期戦略は日米欧を分断し、EUをバラバラに解体することだ。しかし、ソールズベリー事件では英米を中心に26カ国と北大西洋条約機構(NATO)が結束して露外交官ら150人を追放した。

北方領土返還というエサに釣られた日本は先進7カ国(G7)外相声明でソールズベリー事件についてようやく「可能な限り最も強い表現で結束して非難する」と足並みをそろえたが、外交官追放の隊列には加わらなかった。

安倍晋三首相は5月下旬、ロシアを訪問、北方領土での共同経済活動についてプーチン大統領と会談するという。ドイツのゲアハルト・シュレーダー前首相、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相とプーチン大統領は「有益な愚か者」ネットワークを築き上げている。

ソールズベリー事件でプーチン大統領を正面切って非難しなかった安倍首相も「有益な愚か者」の一員になってしまったのだろうか。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ユーロ圏GDP、第1四半期改定は前期比+0.3% 

ワールド

EXCLUSIVE-米財務省、オーストリア大手銀に

ワールド

焦点:米の新たな対中関税、メキシコやベトナム経由で

ビジネス

ブラックストーン連合、LSEG全保有株売却 20億
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story