コラム

関税率10%なら英国の自動車産業は壊滅する

2016年09月29日(木)17時00分

(4)英国には自動車の研究・開発拠点が13カ所、デザインセンターが6カ所にある。イノベーション(技術革新)が成長の主要部分を占め、毎年25億ポンドが研究・開発費に投資されている。

(5)英国の自動車生産台数はEUの中ではドイツ、スペインに次いで3番目に多い。世界では10番目。自動車分野の労働生産性は欧州の中では最高レベル。

(6)コネクテッド・自動運転車の発展がこのままの調子で続くなら、2030年までに英国に拠点を置く自動車メーカーに510億ポンドの価値をもたらす。

(7)英国はEUの中で急速に成長する電気自動車市場の一つ。昨年、電気自動車への需要は50%以上増えた。

(8)英国は国内で販売された263万台の新車のうち86.5%を輸入している。このうち81.5%はEUから輸入している。

(9)英国には世界のトップ自動車部品サプライヤーの90%が集中している。手つかずの60億ポンドのサプライチェーンの可能性がある。

(10)英国の新車市場は世界の中でも最も多様化している。昨年、263万台の乗用車が登録された。欧州の中ではドイツに次いで2番目に大きな数字だ。

 今年も8月までに90万台が輸出され、昨年同期に比べ13%増で、このうち57.3%がEU向け。米国向けは12.1%、中国向けは7.1%だ。さらに英国は自動車部品や技術の欧州サプライチェーンに組み込まれている。

バラ色だったはずの未来

 英国がEU離脱を選択していなかったら、英国の自動車産業にはバラ色の未来が待ち受けていた。8社の幹部は「EU残留が英国の自動車産業にとっては最高の選択肢だった」と口をそろえる。EUから離脱すれば英国の自由度が増し、輸出を拡大させるというのは、今のところ根拠のない楽観論に過ぎない。

 英国はEUからの労働者をどの程度規制するのか、EUの単一市場と関税同盟から離脱するのか、来年になって英国がEUに対して離脱手続きの開始を伝えるまでは確かなことは何一つ言えない。自動車メーカーは設備や研究・開発の投資判断を先送りし、雇用も様子見にならざるを得ないのが現状だ。EU離脱決定による急激なポンド安と英中銀・イングランド銀行の緩和策による「にわか景気」が厳しい現実を覆い隠している。

 英国際貿易省のマーク・ガルニエ政務次官は「英国の自動車産業が長期的に無関税でEUの単一市場へのアクセスを維持したいことやEU域内からのエンジニアを必要としていることは十分に理解している。グローバル市場の重要性は増すものの、EUが英国の自動車産業にとって最大の貿易パートナーであることに変わりはない」と業界の気持ちに寄り添った。

 日産の担当者は「我々の立場は広報文の通り」と筆者の取材にそつなく答えたが、トヨタ欧州法人のトニー・ウォーカー最高業務責任者はイベントのあいさつで「トヨタは英国で自動車生産を始めて25年近くになる。輸出を中心とした英国の自動車生産ルネッサンスに貢献してきた。英国は、トヨタの環境車作り、環境にやさしい工場の拠点になっている」と力説した。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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