コラム

ブッシュとブレアのイラク戦争に遅すぎた審判「外交手段尽きる前に侵攻」世界中に混乱まき散らす 

2016年07月07日(木)16時00分

独断でイギリスを参戦させたブレア英元首相 Stefan Rousseau-REUTERS

 2003年3月、ジョージ・W・ブッシュ元米大統領とトニー・ブレア元英首相(労働党)が主導したイラク戦争の是非を検証してきた独立調査委員会(ジョン・チルコット委員長)が6日、「武装解除の外交手段が尽きる前に英国はイラク侵攻を選択した」「その時点で軍事行動は最後の手段ではなかった」とするイラク戦争検証報告書(通称チルコット報告書)を発表した。イラクだけでなく、英国が軍事介入したアフガニスタン、シリア、リビアでもイスラム過激派による混乱が広がっており、遅すぎた審判と言えるだろう。

【参考記事】英国で260万語のイラク戦争検証報告書、発表へ ──チルコット委員会はどこまで政治責任を追及するか

 英国では先月23日の欧州連合(EU)残留・離脱を問う国民投票で過半数が離脱を選択したばかり。残留に投票した人の多くが事業の見直しや雇用や投資の計画変更を迫られている。離脱派は十分な説明をしないまま移民の大量流入を招いたブレアやゴードン・ブラウン前首相のEU政策に憤っている。今回の報告書で、イラク戦争を主導した政治支配層への不信感が一層強まるのは必至だ。

聖書を上回る単語数で

 北アイルランド事務所の事務次官を務めた上級官僚ジョン・チルコット氏が委員長を務める調査委は09年11月以降、ブレア、ブラウン、当時の閣僚、外交官、情報機関幹部ら証人150人以上から聴取した。調べた文書は15万点。かかった費用は1千万ポンド(約13億円)。チルコット報告書に綴られた単語数は聖書の77万5千語をはるかに上回る260万語に達した。

 英国のイラク戦争を主導したのは「ブッシュのプードル(愛玩犬)」と揶揄されたブレア1人と言っても過言ではない。かつて調査委で証言したブレアは「01年の米中枢同時テロでイラクの大量破壊兵器疑惑をめぐるリスク評価は一変した。リスクは一切許容できない。制裁を突きつけイラクに大量破壊兵器を廃棄させる国連の封じ込め政策を支持し続けるわけにはいかなくなった」と、武装解除のためのイラク侵攻の判断を正当化した。

【参考記事】イラク侵攻の根拠は運転手の噂話か

 この日公表されたチルコット報告書はしかし、ブレアの主張を完膚なきまでに退けた。

「後に軍事行動が必要になった可能性はある。しかし03年3月の時点でイラクのフセイン大統領(当時、06年12月に処刑)は差し迫った脅威ではなかった。しばらくの間、封じ込め戦略をとり続けることは可能だった。国連安全保障理事会は査察と監視を支持していた」

「イラクの大量破壊兵器(WMD)による脅威の深刻さを判断するため、正当化されない確実性が提示された」「インテリジェンス(情報収集)が確認したことは、フセインが科学・生物兵器を製造し続けているという疑いの域を出ていない」

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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