コラム

ロンドン市長選で「トランプ流」はなぜ、受けなかったのか

2016年05月11日(水)16時17分

 カーン氏と同じパキスタン系移民で、ロンドンで暮らす弁護士のサジャード・サイヤ氏(48)はこう疑問を投げかける。

「政治とはタフで、どんな厳しい質問や調査にも応えなければならない。しかし保守党の戦術は弁護士時代にイスラム過激派と接点があったことが追及された。テロ防止が大きな課題になる中、カーン氏がムスリム(イスラム教徒)であることを浮かび上がらせようとした。もしカーン氏がキリスト教徒なら同じ戦術をとっただろうか」

 保守党のオーストラリア人戦略家クロスビー氏は、カーン氏の過去を何度も持ち出し「ムスリム」であることを連想させ、白人保守層の属性を意識させるトランプ流選挙戦術を市長選に持ち込んだ。米大統領選の共和党候補者選びで指名獲得を確実にした不動産王トランプ氏がメキシコ系移民やムスリムを口汚く罵り、「白人男性」票を囲い込む作戦を真似たと批判された。

【参考記事】トランプも黙らせたイスラム教徒、ロンドン新市長の実力

 しかし、「我ら」と「奴ら」を分断するトランプ流は、270カ国を超える国籍と300以上の言語がひしめくロンドンでは通用しなかった。「海外とのつながりが深く、教育レベルも高い多文化都市ロンドンでは、カーン氏がムスリムかどうか誰も気に止めなかった。それより、パキスタン系移民二世が大学で学び弁護士になって、市長になる。これがロンドンの素晴らしさだ」とサイヤ氏は胸を張った。

「バス運転手の息子」がハードワークで国際都市の市長になるのが21世紀の「ロンドン・ドリーム」だ。一方、資産家のわがまま息子が大統領選の指名候補になるのが「現代のアメリカン・ドリーム」だとしたら、邪悪な暗雲は光によって駆逐されることを祈らずにはいられない。

プロフィール

木村正人

在ロンドン国際ジャーナリスト
元産経新聞ロンドン支局長。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『欧州 絶望の現場を歩く―広がるBrexitの衝撃』(ウェッジ)、『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。
masakimu50@gmail.com
twitter.com/masakimu41

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