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タイム誌「今年の人」に選ばれたメルケル独首相の挑戦
ギリシャ危機や難民危機での指導的な役割が評価された Philippe Wojazer-REUTERS
米誌タイムと英紙フィナンシャル・タイムズが年末恒例の「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に相次いでドイツの首相アンゲラ・メルケルを選んだ。欧州債務危機と難民危機という未曾有の2大危機に対する取り組みと志が評価された。
「欧州の女帝」と評されるメルケルだが、日本流に「メルケル」といえば、これまで「何もしない。意見も言わない」という皮肉だった。それがシリアやアフガニスタンから大量の難民が欧州に押し寄せた危機で「ドイツは難民を歓迎する」と大見得を切り、一気に株を上げた。
旧東ドイツで育ったメルケルの最大の特徴は、その慎重さにある。ベルリンの壁建設とプラハの春を目の当たりにした彼女は理想を胸の奥底にしまうことを覚えた。共産主義体制下で「自由」という理想を語ることは破滅を意味する。ベルリンの壁が崩壊した際も、メルケルはいつも通りサウナに行き、そのあと群衆に交じって西ベルリンを訪れた。
理想はそのときが来ないと実現しない。それまではじっと我慢して現実に合わせるしかない。そんな人生哲学がメルケルには染み付いている。だから何を考えているのか、分かりにくい。欧州債務危機でもギリシャなど重債務国に厳しいドイツの国内世論に目配せするメルケルの本心を、欧州連合(EU)の政治指導者も市場も最後の最後まで見通せなかった。
今年7月に合意されたギリシャ第3次救済策ではギリシャのユーロ圏離脱という最悪シナリオを多くの人が覚悟した。しかしフタを開けてみれば、メルケルには欧州統合プロジェクトの象徴であるユーロを壊すつもりは微塵もなかったのだ。債務危機で口癖のように繰り返してきた「もしユーロが失敗すれば欧州も失敗する」という理想は本心から出たものだった。
ナチスの教訓からシリア難民受け入れへ
東西ドイツ統一を成し遂げた育ての親ヘルムート・コールに闇献金疑惑が発覚するといち早く糾弾し、キリスト教民主同盟(CDU)党首として初めて臨んだ2005年の総選挙では危ういところで敗北を免れた。メルケルは政治家として機が熟するのを待つことと、有権者を無視して独善に陥らないことを学んだ。
難民問題ではメルケルは当初、家族の難民申請が却下されたらレバノンの難民キャンプに強制送還されるというパレスチナ出身の14歳の女の子から直訴された際、「みんなにドイツに来て下さいと言うことはできない」とつれなかった。少女はTVクルーの前で泣き崩れた。メルケルにとって、これが現実的な答えだった。