コラム

映画で生き返る光州抗争

2018年04月11日(水)15時30分

国立5・18民主墓地にあるドイツ人記者ユルゲン・ヒンツペーターの墓 photo; Kashima Miyuki

<1980年5月にあった光州民主化抗争を題材にした映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』が韓国で大ヒット。そして、その光州を訪れた>

昨年11月、韓国西南部にある全羅南道・光州に足を運んだ。

これまで数え切れないほど韓国を訪問しているが、その度に実感するのは街や社会に「消せない歴史」が存在して生きているということだ。

歴史的建造物が保存されているといった話ではなく、近現代史が過去のものとして完結せず、現在につながり継続していることを肌で感じるのだ。初訪問となった光州でのそれは特に顕著なものだった。

光州は国内5本指に入る都市で、全羅道の中心地だ。韓国の人々は「光州」と聞くと、1980年5月にあった光州民主化抗争を思い浮かべる。

1979年に朴正煕大統領が暗殺されたことで軍事政権が倒れ民主化ムードに沸くなか、全斗煥がクーデターを起こした。反発した学生たちによるデモが起きたが、特に抵抗の激しかった光州で、軍部と警察によって多くの学生・市民が犠牲になった事件だ。日本では「光州事件」と呼ばれている。

光州の「消せない歴史」を報じたドイツ人記者

事件当時、現地は完全封鎖され、国内では「光州で北朝鮮工作員の扇動による暴動が起き、軍人数人が死亡した」と報道されたが、実際には民間人140人以上を含む200人近い人々が犠牲となった。

市内から車で20分ほどの場所にある犠牲者のための「国立5・18民主墓地」のメインエリアから少し外れた場所に、ドイツ人の写真が刻まれた墓石がある。名前はユルゲン・ヒンツペーター。ドイツ公共放送ARDの東京特派員だった人物で、1980年当時、生々しい映像を通じて光州抗争の実態を世界に発信した記者の一人だ。2016年に他界した彼の遺言によって、遺体の一部である爪と髪の毛と遺品がここに埋葬されたという。

国内メディアへの統制が厳しかったため、光州抗争の実態を初めて世に報道したのは、主に東京に拠点を置く外国のメディアの特派員たちだった。最初にスクープしたのはニューヨークタイムズ。そしてヒンツペーターが撮った生々しい映像は、瞬時に欧州や米国など世界中で報じられたが、この映像が韓国内で合法的に誰もがみられるようになったのはずいぶん後のことだ。

現在、光州では光州抗争の跡地を巡る市バスが街中を走り、逮捕された人々の収容所を再現した施設が建てられ、そして街のいたるところに光州抗争に関するスローガンが掲げられている。人々がいまなお「リメンバー光州」を訴えるのには、歴史の真実をゆがめられたことが背景にあり、それは歴史を過去の話として切り離すことができずにいる理由でもある。

光州抗争を描いた映画が韓国で大ヒット

昨年8月、韓国でヒンツペーターの経験を描いた映画『タクシー運転手 約束は海を越えて』(監督:チャン・フン、出演:ソン・ガンホ、トーマス・クレッチマン)が公開された。映画の撮影が始まったのは光州抗争をタブー視した朴槿恵政権時の16年6月。

奇しくも映画公開を前に朴槿恵は弾劾され、進歩勢力の文在寅が大統領に就任した。主演のソン・ガンホは朴槿恵政権下で反政権的な文化人としてブラックリストにアップされた俳優だ。日本ではこの4月21日から公開される

プロフィール

金香清(キム・ヒャンチョン)

国際ニュース誌「クーリエ・ジャポン」創刊号より朝鮮半島担当スタッフとして従事。退職後、韓国情報専門紙「Tesoro」(発行・ソウル新聞社)副編集長を経て、現在はコラムニスト、翻訳家として活動。訳書に『後継者 金正恩』(講談社)がある。新著『朴槿恵 心を操られた大統領 』(文藝春秋社)が発売中。青瓦台スキャンダルの全貌を綴った。

今、あなたにオススメ

キーワード

ニュース速報

ビジネス

トランプ関税巡る市場の懸念後退 猶予期間設定で発動

ビジネス

米経済に「スタグフレーション」リスク=セントルイス

ビジネス

金、今年10度目の最高値更新 貿易戦争への懸念で安

ビジネス

アトランタ連銀総裁、年内0.5%利下げ予想 広範な
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:ウクライナが停戦する日
特集:ウクライナが停戦する日
2025年2月25日号(2/18発売)

ゼレンスキーとプーチンがトランプの圧力で妥協? 20万人以上が死んだ戦争が終わる条件は

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 3
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン化」の理由
  • 4
    ビタミンB1で疲労回復!疲れに効く3つの野菜&腸活に…
  • 5
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 6
    飛行中の航空機が空中で発火、大炎上...米テキサスの…
  • 7
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 8
    ソ連時代の「勝利の旗」掲げるロシア軍車両を次々爆…
  • 9
    トランプ政権の外圧で「欧州経済は回復」、日本経済…
  • 10
    ロシアは既に窮地にある...西側がなぜか「見て見ぬふ…
  • 1
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」だった?...高濃度で含まれる「食べ物」に注意【最新研究】
  • 2
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ...犠牲者急増で、増援部隊が到着予定と発言
  • 3
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される【最新研究】
  • 4
    動かないのに筋力アップ? 88歳医大名誉教授が語る「…
  • 5
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 6
    墜落して爆発、巨大な炎と黒煙が立ち上る衝撃シーン.…
  • 7
    7年後に迫る「小惑星の衝突を防げ」、中国が「地球防…
  • 8
    週に75分の「早歩き」で寿命は2年延びる...スーパー…
  • 9
    「トランプ相互関税」の範囲が広すぎて滅茶苦茶...VA…
  • 10
    人気も販売台数も凋落...クールなEVテスラ「オワコン…
  • 1
    週刊文春は「訂正」を出す必要などなかった
  • 2
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる唯一の方法
  • 3
    【一発アウト】税務署が「怪しい!」と思う通帳とは?
  • 4
    有害なティーバッグをどう見分けるか?...研究者のア…
  • 5
    口から入ったマイクロプラスチックの行く先は「脳」…
  • 6
    「健康寿命」を延ばすのは「少食」と「皮下脂肪」だ…
  • 7
    1日大さじ1杯でOK!「細胞の老化」や「体重の増加」…
  • 8
    戦場に「北朝鮮兵はもういない」とロシア国営テレビ.…
  • 9
    がん細胞が正常に戻る「分子スイッチ」が発見される…
  • 10
    世界初の研究:コーヒーは「飲む時間帯」で健康効果…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story