コラム

トリプル安の英経済より危険...「危機的状況」すら反映できない日本市場のマヒ状態

2022年10月05日(水)17時34分
下落する英経済

ATAKAN/ISTOCK

<通貨、債券、株式のトリプル安に見舞われ、看板政策の取り下げを余儀なくされた英トラス政権だが、市場が正常に機能しているのは救いだ>

新政権の経済政策をめぐってイギリスの市場が大混乱となっている。リズ・トラス首相が積極財政策と国債大増発を打ち出したことで、通貨、債券、株式のトリプル安が発生。新政権の経済政策に市場が明確なノーを突きつけたことから、トラス政権は早々に減税策の撤回に追い込まれた。

市場には、その国の経済政策が合理的なのかを示すリトマス試験紙としての役割がある。イギリスの市場は良くも悪くもその役割を果たした格好だが、翻って今の日本市場は機能が半分停止した状態にあり、経済状況について正しく認識することができない。

イギリスの債券市場では英国債の売りが急増しており、10年債の利回りは4%を突破した。これに伴って英ポンドは対ドルで1985年以来の安値を付け、ロンドン株も大きく値を下げた。

トラス政権は所得税の最高税率引き下げや法人増税の凍結などを表明し、財源として国債の大増発を行う経済政策を打ち出した。イギリスは8月の消費者物価指数が前年同月比9.9%という深刻なインフレに見舞われている。インフレが進んでいるときに需要を喚起する積極財政を行えば、インフレがさらに加速するのは自明の理であり、市場はそのとおりに反応し、債券安、通貨安、株安となった。

経済学の理論上、インフレの進行時には需要を喚起するのではなく、需要を抑制し、供給を強化しなければ事態を改善できない(インフレの種類は問わない)。実際、アメリカは利上げによる需要抑制策を実施しており、トラス政権が打ち出した政策はこれとは正反対の中身である。もし失敗すれば、さらなる通貨安や株安を招くのは確実だった。

EU離脱で追い込まれているイギリスの現状

先日、行われた英保守党の党首選では、積極財政を掲げるトラス氏と、インフレ抑制を主張するリシ・スナク氏の争いとなり、トラス氏が勝利した。トラス氏がリスクの高い政策を掲げた背景には、EUから離脱し、今後の成長シナリオを描けなくなっているイギリスの厳しい現実がある。

同じタイミングで、圧倒的な存在感を放っていたエリザベス女王が死去し、英連邦各国が共和制移行への動きを見せるなど、大英帝国の衰退を印象付ける形となった。イギリスはEUに加盟したものの自国通貨を維持するなど、伝統に従った孤立主義を貫いており、こうしたイギリスの国家戦略は王室を抜きに語ることはできない。

ちなみにトラス氏は若い頃、扇動的な共和主義者であり、王室廃止を訴えていたと報じられている。エリザベス女王は、EU離脱によってイギリスの行く末が危ぶまれるなか、死去したわけだが、亡くなる2日前、最後の力を振り絞って任命した宰相が元共和主義者というのは皮肉な結果である。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏とゼレンスキー氏が「非常に生産的な」協議

ワールド

ローマ教皇の葬儀、20万人が最後の別れ トランプ氏

ビジネス

豊田織機が非上場化を検討、トヨタやグループ企業が出

ビジネス

日産、武漢工場の生産25年度中にも終了 中国事業の
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
特集:独占取材 カンボジア国際詐欺
2025年4月29日号(4/22発売)

タイ・ミャンマーでの大摘発を経て焦点はカンボジアへ。政府と癒着した犯罪の巣窟に日本人の影

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口の中」を公開した女性、命を救ったものとは?
  • 3
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが「竹建築」の可能性に挑む理由
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア武器庫が爆発、巨大な火の玉が吹き上がる...ロ…
  • 6
    足の爪に発見した「異変」、実は「癌」だった...怪我…
  • 7
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 8
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 9
    日本では起こりえなかった「交渉の決裂」...言葉に宿…
  • 10
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 1
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 2
    「スケールが違う」天の川にそっくりな銀河、宇宙初期に発見される
  • 3
    【クイズ】「地球の肺」と呼ばれる場所はどこ?
  • 4
    「生はちみつ」と「純粋はちみつ」は何が違うのか?.…
  • 5
    女性職員を毎日「ランチに誘う」...90歳の男性ボラン…
  • 6
    教皇死去を喜ぶトランプ派議員「神の手が悪を打ち負…
  • 7
    自宅の天井から「謎の物体」が...「これは何?」と投…
  • 8
    トランプ政権はナチスと類似?――「独裁者はまず大学…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    【クイズ】世界で最もヒットした「日本のアニメ映画…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった...糖尿病を予防し、がんと闘う効果にも期待が
  • 3
    【クイズ】世界で最も「レアアースの埋蔵量」が多い国はどこ?
  • 4
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 5
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 6
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 7
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 8
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
  • 9
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 10
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story