コラム

トルコ通貨危機の教訓...日本でも「失政によるインフレ」は起こり得る

2022年01月12日(水)17時30分
エルドアン大統領

UMIT BEKTASーREUTERS

<通貨リラの暴落とインフレの加速に見舞われるトルコだが、「日本とは事情が違う」と考えるのは危険な間違いだ>

トルコの通貨であるトルコリラが暴落している。通貨安でインフレが進んでいるにもかかわらず、レジェップ・タイップ・エルドアン大統領は逆に金利を引き下げ、通貨安とインフレの悪循環を生み出している。

トルコの1人当たりGDPは1万ドル前後と新興国としては比較的豊かな部類に入る。同国には帝政時代からの長い歴史があり、今でこそ新興国と呼ばれているが、近代以前には強大な勢力を誇っていた時期もあった。

近年はEU加盟を目指していたものの、国内に残る保守的な風潮を変革できず、人権問題などが障害となって実現に至っていない。軍が政治に強い影響力を行使しており、経済基盤も脆弱である。

トルコはサービス業の比率が高く、消費が経済の中心となっている。景気が拡大すると輸入が増えて経常収支が悪化するので、基本的に通貨は売られやすく、国内物価には常に上昇圧力がかかる。強権的な政治で知られるエルドアン氏が景気対策を最優先していることから、近年はインフレが加速し、2010年代前半に8%程度だった物価上昇率は30%を超えた。

21年におけるトルコリラの対ドルでの下落率は44%に達しており、本来なら金利引き上げによって通貨安を阻止する必要があるが、エルドアン氏が取った行動は驚くべきものだった。金利引き上げを模索する中央銀行幹部を相次いで更迭し、逆に金利の引き下げを実施したのである。

もはや「暴走列車」の次元に

インフレが進んでいるときに金利を下げれば、状況が悪化するのは目に見えている。通貨暴落を目の当たりにしたエルドアン氏は、リラ建て国内預金の目減り分を政府が補償するという奇策を発表。当初は内容がよく分からず、通貨下落は止まったかに見えたが、ドルベースでの預金価値の維持という通貨乱発につながりかねない施策だったことから、リラは再び下落するとの予想が大半を占める。

トルコの経済政策はもはや「暴走列車」の次元に入っており、国民生活は大混乱となっている。統計上のインフレ率は全体の数値なので、生活必需品の実質的な値上がりはさらに激しくなっている可能性が高い。同国政府が経済学の常識に従って、金融引き締めに転じない限り、事態を収拾するのは難しいだろう。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

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