コラム

トヨタのディーラー網見直しから見えてくる日本経済の新しい姿

2018年10月02日(火)13時00分

2025年をめどにすべての販売店で全車種を販売できるようにする方針 blinow61-iStock

<日本経済の化身と言ってもいいトヨタの戦後最大級の決断の背景には、経済そのものの仕組みの変化がある>

トヨタ自動車がいよいよ国内販売店網の見直しに着手した。同社が販売体制を抜本的に変革するのは、現在の経営体制になって以降、初めてのことである。トヨタという企業は、日本経済そのものといっても過言ではなく、一連の動きは日本社会の本質的な変化を意味している。

会社の昇進に合わせて乗り換えさせる「出世魚」の販売戦略

これまでトヨタは、販売店の系列ごとに車種を分けて販売を行ってきた。例えば、トヨタ店ではクラウン、カローラ店ではカローラ、ネッツ店ではヴィッツといった具体である。この販売方法はトヨタにおける経営戦略の根幹であり、圧倒的な業績を生み出す源泉でもあった。

トヨタがモデルとしたのは、かつて自動車業界の頂点に立っていた米GM(ゼネラルモーターズ)である。

トヨタは社会階層に合わせて車種のブランドを構築するというGM流のマーケティング手法を日本に導入。若者向けのカローラ、ファミリー層向けのコロナ、中間管理職向けのマークⅡ、エグゼクティブ向けのクラウンといった、一連のラインナップを構築してきた。

日本は年功序列の雇用形態なので、基本的に年収と年齢が比例する。同社はいわゆる出世魚の販売戦略を展開し、会社の中での役職が上がるにしたがって、上級車種に乗り換えさせるという形で顧客を囲い込んできた。

車種ごとに販売店を分けてしまうと、全体の効率は下がるが、特定顧客層への販売に集中できるので、販売数量を稼ぐことができる。成長が続いた昭和の時代にはこの戦略が劇的な効果を発揮し、トヨタは圧倒的なナンバーワン企業となった。

トヨタは1980年代に「いつかはクラウン」という非常に有名なキャッチフレーズを打ち出したが、成長と拡大が続く戦後日本経済のエッセンスがこの一言にすべて集約されているといってよい。

購買力の低下と人口減少のダブルパンチ

ところが近年、この販売戦略が徐々に機能しなくなってきた。最大の理由は、消費者の購買力低下と人口減少である。

国内の自動車販売市場はバブル期を頂点として一貫して縮小が続いてきた。1990年には年間800万台近くの販売台数があったが、2017年は520万台にとどまっている。日本は人口減少が進んでいるといわれているが、それでも数年前までは総人口はほぼ横ばいで推移していた。それにもかかわらず自動車販売が下落の一途だったのは、日本人の購買力が著しく低下したからである。

販売台数の減少とは正反対に、販売価格は大幅に上昇している。自動車は典型的なグローバル産業であり、どこで生産してもコストは大きく変わらない。過去20年、日本経済は横ばいが続いていたが、諸外国は1.5~2倍に経済規模を拡大させており、クルマの価格もそれに合わせて上昇を続けてきた。日本国内だけクルマを安く売ることはできないので、国内の販売価格も引き上げざるをえない。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

韓国尹大統領に逮捕状発付、現職初 支持者らが裁判所

ワールド

アングル:もう賄賂は払わない、アサド政権崩壊で夢と

ワールド

アングル:政治的権利に目覚めるアフリカの若者、デジ

ワールド

アングル:フィリピンの「ごみゼロ」宣言、達成は非正
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプ新政権ガイド
特集:トランプ新政権ガイド
2025年1月21日号(1/15発売)

1月20日の就任式を目前に「爆弾」を連続投下。トランプ新政権の外交・内政と日本経済への影響は?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼いでいるプロゲーマーが語る「eスポーツのリアル」
  • 2
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べている」のは、どの地域に住む人?
  • 3
    「搭乗券を見せてください」飛行機に侵入した「まさかの密航者」をCAが撮影...追い出すまでの攻防にSNS爆笑
  • 4
    感染症に強い食事法とは?...食物繊維と腸の関係が明…
  • 5
    女性クリエイター「1日に100人と寝る」チャレンジが…
  • 6
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 7
    失礼すぎる!「1人ディズニー」を楽しむ男性に、女性…
  • 8
    フランス、ドイツ、韓国、イギリス......世界の政治…
  • 9
    本当に残念...『イカゲーム』シーズン2に「出てこな…
  • 10
    オレンジの閃光が夜空一面を照らす瞬間...ロシア西部…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 3
    睡眠時間60分の差で、脳の老化速度は2倍! カギは「最初の90分」...快眠の「7つのコツ」とは?
  • 4
    「拷問に近いことも...」獲得賞金は10億円、最も稼い…
  • 5
    メーガン妃のNetflix新番組「ウィズ・ラブ、メーガン…
  • 6
    轟音に次ぐ轟音...ロシア国内の化学工場を夜間に襲う…
  • 7
    【クイズ】世界で1番マイクロプラスチックを「食べて…
  • 8
    北朝鮮兵が「下品なビデオ」を見ている...ロシア軍参…
  • 9
    ドラマ「海に眠るダイヤモンド」で再注目...軍艦島の…
  • 10
    【クイズ】次のうち、和製英語「ではない」のはどれ…
  • 1
    ティーバッグから有害物質が放出されている...研究者が警告【最新研究】
  • 2
    大腸がんの原因になる食品とは?...がん治療に革命をもたらす可能性も【最新研究】
  • 3
    体の筋肉量が落ちにくくなる3つの条件は?...和田秀樹医師に聞く「老けない」最強の食事法
  • 4
    夜空を切り裂いた「爆発の閃光」...「ロシア北方艦隊…
  • 5
    インスタント食品が招く「静かな健康危機」...研究が…
  • 6
    TBS日曜劇場が描かなかった坑夫生活...東京ドーム1.3…
  • 7
    「涙止まらん...」トリミングの結果、何の動物か分か…
  • 8
    膝が痛くても足腰が弱くても、一生ぐんぐん歩けるよ…
  • 9
    「戦死証明書」を渡され...ロシアで戦死した北朝鮮兵…
  • 10
    「腹の底から笑った!」ママの「アダルト」なクリス…
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story